音の快楽的日常

音、音楽と徒然の日々
ASMR

なんと読むのだろう、アスムルかな?

最初にこの略語を見たのは、投稿された動画の説明書きだった。

調べてみると、略語の読み方はまだ定まっていないようだが、

Autonomous Sensory Meridian Response、の略とのこと。

見たり聴いたりして、その刺激で心地良く感じる、そういう感覚のことを指すようだ。

 

以前実家にいた犬が亡くなって何年経っただろう。

つい思い出しては投稿された犬の動画を眺めるようになった。

食事の際の咀嚼の音や運動して荒く吐く息の音。

ふさふさで艶々な被毛を見るだけで、

あのお日様によく干した布団のような、幸せな匂いが蘇る。

年取って頑固になってしまったが、偶の帰省時に抱っこをせがまれ、

ずっしりとした重たい毛玉の何と暖かでいい匂いがしたかと、

あれもこれも思い出されてしまう。

 

ASMRとして投稿された動画には本当に様々なものがあって、

感心というと上から目線で嫌なのだけれど、

思わずなるほどと膝を叩いてしまうような面白いものもあり、

もう寝なければという時間までどんどん見てしまうこともある。

 

今日はいよいよ春近し、まる1日風の日だった。

猫の額ほどのベランダガーデンは、ゆさゆさと風に揺すられていたが、

耳を澄ませてみると、風の音とは違う、葉と葉の擦り合う音や何かが、

なんとも心地良く、ああこれがASMRだと。

 

音楽は確かに心を癒してくれる。

でもそれとは違う何かが、そういう音にはあるようで、

エアコンの要らなくなったこの土日はなるべく窓を開けて過ごした。

 

窓から見える近所の公園には、人が随分戻っていた。

一時期、通りの人影も見ないほど、ひっそりとしていたのに。

そういえば、店頭にティッシュやトイレットロールも戻っていて、

生活が元に戻ってきたかと錯覚をしそうだ。

ある科学者の方の言うには、新型肺炎禍はマラソンのような闘いになると。

全力疾走だと持たないから、エネルギーの温存も考えつつ、ということか。

ある種の愉しみも維持しつつ、健康管理をする。

インドアなわたしにASMRはこれ以上ない愉しみの1つとなった。

ゴールは見えないけれど、気持ちはなんだか清々しい。

マラソンというのなら、わたしもそのスタートラインに立とうと思う。

 

よもやま | - | - | author : miss key