音の快楽的日常

音、音楽と徒然の日々
Ivo Pogorelich Piano Recital

この時期恒例行事となったIvo Pogorelichのピアノリサイタル。

この機会を当たり前のように享受できる幸せ。

 

 

 

今回の曲目は、

 ショパン:前奏曲 嬰ハ短調 o.45

 シューマン:交響的練習曲 op.13(遺作変奏付き)

 シベリウス:悲しきワルツ op.44

 シューベルト:楽興の時 D780 op.94

そして、最終曲を終えてご本人のアナウンスにて演奏された

アンコール曲は、最新のアルバムにも収められた

 ショパン:夜想曲 第18番 ホ長調 op.62-2

 

これと決めた最善の演奏を確実に行うための儀式なんだろうか、

相当にくたびれた楽譜を置きながらの演奏を眺めていると、

まるで何かの修行僧のような雰囲気さへ感じる。

例えば、新進気鋭の若いピアニストが熱量を迸らせる演奏とは対極にあるような。

 

このひとときについてわたしなどが何かを語れる訳ではないけれど。

記憶に留めておきたいのは、演奏会に出かける度にどんどん響きが美しくなっていくこと。

都度、「これ以上はないな」と思いながら電車に揺られて帰宅するのだけれど、

ああもっと先があったんだ、とため息が思わず出てしまう。

 

それに知っている楽曲であっても、

目の前に展開される曲は全く別のものに感じられること。
特に3曲目の「悲しきワルツ」は、なんとかしてもう一度聴けないかと

身悶えしそうなくらいに素晴らしかった。

わたしが知っている同曲の録音は、アシュケナージによるシベリウスピアノ曲集の1曲。

2バージョン収録されていて、そのCDを購入した当時はよく聞いていたが、

ここ10年くらいは耳にする機会もなかった。

なぜこの曲が選ばれたのかについては、死のイメージが通底するこの曲にあっては

あえて知りたくない気もする・・・。

 

Pogorelichのピアノ演奏を初めて聴いた頃は、

変幻自在のテンポで深い森に迷い込むような感覚があったけれども、

今は、1音、1音の響きが透明感に溢れ、もうこれ以上リリカルな音は望めない

そう感じてしまう。でも彼にとっては、それもまた通過点なんだろうか。

うっかりすると口が半開きでちょっと慌ててしまう。

 

勿体無いので、あまり考えないようにしてひたすら耳を傾ける。

2時間ほどの間があっという間で、

もう終わってしまった、もっと聴いていたいとなかなか席を立つ気になれない。

終演の現実に引き戻された脱力の中で、狭苦しいわたしの胸の内で感情が湧き立ち、

様々な思いが去来しては消えて行く。

 

部屋に戻ってからもあの広いホールに放たれた楽音の1つ1つが

まだわたしの中に止まっているような気配があり、

とても眠る気になれず、日付が変わった今慌てて備忘録を認めている。

できることならもう一度、昨日の夕方に時間を戻してもらいたい、

そんな勝手なことを独り言する寒い日曜の午後。

 

◆ シベリウス 悲しきワルツ(ピアノ版)が聞けるアルバム

 

1 アシュケナージによるシベリウスピアノ曲集

  

 

2 アレクサンドル・タロー 

  オートグラフ 〜アンコール・コレクション

  

 

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Open Heart Story

ポストクラシカル、とか、ニューエイジ、とか。

ストリーミングでジャンルを指定してランダムに聞いてみると、

名称からくるイメージとは随分かけ離れた作品も流れてくる。

そのうちAIとか非AIなんていうタグもついたりして。

元々音楽に対してこれじゃなきゃというほど拘りはないが、

その時の気分に合わせて、ああこれだ、あるいはこれじゃない感はある。

 

そのくせ気に入ったアルバムでは物理音源に執着するあまり、

その楽曲なり作品を知ってから、じっくり聞くまでに間が開きやすくなっている。

今流れているLuke Howardの"Open Heart Story"もその1枚。

 

 

 

 

このアルバムを知るところになったのは、

去年のTIASはLINNのブースでアナログ再生されていた1曲から。

ピアノの音色が好みであったこと、

ミニマル感が程よく抑えられた作りが心地よかったこと等々、

今思えば、これいいなあと思った理由がわかる。

 

レーベルの紹介によると、Lukeはオーストラリア出身の作曲家・ピアニストで、

本作のタイトルは「内なる心の旅」を表し、

「年を重ねてから途切れてしまった子供時代の思い出とのつながりを探る」楽曲集とのこと。

音数も抑制し、内省的なピアノソロがあるかと思えば、

編成が大きめのストリングスでぐっと盛り上がる曲があったり。

誰しも、ああなんて幸せな瞬間!と思い出せる場面があるだろう、そんなことを思いながら

暖房も入れずにじっと耳を傾ける。

 

他にどんな作品があるのかと思い、いくつか聞いてみたが、

年明け早々の大惨事を思わせるような重たい音楽、

Open...が陽なら陰を感じさせる作品の方が多めな気がした。

もちろんピアノの演奏はどれも魅力的だが、

重ねられた電子音の不気味さに不安を掻き立てられてしまう。

なので、今はちょっと遠慮したい。しんどすぎるので。

今日のところはジャケットを貼った今回のアルバムを推しておきたい。

 

 

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残暑厳しき折のpiano works

今年は格別の猛暑だったようで、平均気温は統計上も最高のレベルとのこと。

余裕なくあたふたしていたら、このblogも2ヶ月以上放置してしまっていた。

いつ頃どんな音楽を楽しんでいたのか、あとから振り返れるようにと、

元々備忘録の意味で始めたものではあったが。

 

ここ2ヶ月はユキヒロさんや教授のアルバムを幾度となく聞き返していた。

彼らを追悼する番組や、あるいは書籍が色々出されるなど、

文字を読みつつ、改めてアルバムを紐解いてみる。

随分いろんな本を読み漁ってきてはいたけれど、まだまだ知らないエピソードがあって、

リリース当初としてはあまり気に入らなかったアルバムですら、

曲の合間に都度感傷的になる始末で。

 

今日は9月最初の日曜。

一旦残暑を締めくくりたい、そういう思いもあって、

やはりセンチメンタルで美しい響きのピアノ演奏を選んだ。

Giya Kancheliの商品を文字通り33曲選んで編まれた2020年の作品だ。

 

 

 

 

ピアニストはジョージア出身のGeorge Vatchnadeze。

彼の弾くピアノの音色はサウダージそのもの。

懐かしい土と草の匂い。太陽は夏の終わりを惜しむかのように照りつける。

それでも日が落ちる頃には秋の風が。

透明感溢れる響きは、季節の移ろいの切なさのようで、

あるいは我が胸の内の虚を顕にされているようでもあって。

あのKin-dza-dzaの音楽ですら、物悲しさに満ちて。

 

ひょっとしたら、季節の移ろいなんていう言葉の意味がわからなくなるほど、

これからは暑い夏と寒い冬しかなくなるような時代になっていくんだろうか。

四季の素晴らしさを体感できた子供の頃が本当に懐かしい。

そんな郷愁で部屋中が蒸せ返るようなKancheliの音楽。

ようやく心の切り替えができたのかもしれないと感じた休日の午後。

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連休の最終日に

連休最終日の今日は生憎の冷たい雨。

春のバラ一番花も昨晩の強風ですっかり痛み、やれやれの様相。

 

暑い夏が来る前に、と

先週までに溜まりに溜まった音源、映像ソフトの整理を終えた。

 >棚を買うとそれ以上に中身が増える、という困ったことにならないように収納は増やさない。

  なので、棚から溢れるようにしてCDやDVDが床に積み上がる。

 

サブスク全盛でCDをほとんど買わなくなったという友人たちに揶揄されつつ、

少ないながらもそれなりに盤を購入しているのでどうしても増える。

しかも、サブスクで試し聞きして買っているからまあ失敗というか、

「どうしてこの盤を買ったのか?」と後から考え込むようなことはまず起こらない。

なので、以前と比べて手放す盤が極端に少なくなったので、盤の整理はずっと難しくなった。

 

今回改めて感じたのは、CDや、特にレコードは、かかるお金のことを気にしなければ、

後からもう一度手に入れることが比較的容易だと思う。

しかしながら、映像ソフトはなかなかそうもいかないようだ。

むしろBlu-rayの類で発売されることをよしとしなければならないかもしれない。

 

映像系のサブスクは、例えば最新作品を映画館で見逃したから、とか、

あるいは人気ドラマの一気見には随分便利だと思うが、

少し古い時期の、偏った人気、はっきり言えばカルトな作品などは、

後でもう一度見たい!と思うなら盤を自分でもっているしかないと痛感する。

 

先日、処分した映像系の盤のうち、結構な値段がついたのがいくらかあったが、

いわゆる廃盤でBlu-rayにもなっていない、或いは日本語字幕版が出ていない作品などで、

ネットフリマに出したりすれば探している人の手にうまく渡せるのではと思うものの、

面倒で専門の業者さんに引き取ってもらった。

 

それから気がついたことの2つ目。

頭に入っているソフトの数、というのはおよそこのくらいだ、というのが分かってしまった。

なので、それを超えて持っていても、あったかどうか、

或いはどこにしまったかがうまく思い出せなかったりする。

 

一時期、映像ソフトは新しいフォーマットで再発されるたびにお気に入り作品は更新もしてきたが、

それも最近はしんどいというか、もうこれ以上綺麗な画質である必要はないなと思ったので、

盤自体をそれほど数買ってはいない。

なのに、いざ週末を2回つかって片付けてみると、あるかな?と思っていた盤はとうに手放していて、

もうない!と思っていたタイトルがポロッと出てきたりする。

記憶のいい加減さはさておき、リスト化するのも辛いので、さてどうしたものか(今、ここ)。

 

1作品の視聴ごとにある程度金額がかかってもいいから、オンデマンドできるようになるなら、

こういう盤との格闘もしなくて済むかもしれない。

いっそのこと、物欲自体が綺麗に「整理」されるなら、もっと気が楽になるかもしれない。

自戒を込めて連休の最終日にメモしておくこととした。

 

わたしにしては珍しく、休憩の1枚に選んだJudith Owenの"Happy This Way"。

いつ頃買ったんだっけと思って調べてみたら、2007年の作品とのこと。

 

 

 

 

たしかLINNのオムニバス盤に入っていた1曲がすごく気に入って探したんだったと思ったが、

ピアノとストリングスの伴奏に乗って淡々と歌う様子が、

jazzボーカルにありがちな過剰な感じもなくて、疲れた心身にも優しい。

素晴らしい歌声は、懐かしいあの日の光や初夏の草の匂いを思い出させてくれる。

 

 

ニュースにあった、「連休明けの五月病」に要注意、の記事。

わたしも予定外に中日を休むことになり、大連休になってしまったので、

明日、いつもの時間に起きていつもの通り出かけられるのかが心配だ。

部屋の中が居心地良すぎるのも考えものだが、

でも、どんなに面倒なことや嫌なこと、悲しいことがあったとしても、

帰る場所があるのだと思うとどうにかやりすごせてしまうことも知っている。

普段はやらないが、念のため目覚ましを二重にしかけておくとしよう。

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ただ淡々と

季節の移ろい。

子供の頃、当たり前に享受していた四季の美しさが、

それぞれの季節の素晴らしさというよりは、その偏移の様が美しかったのだと、

今更、この歳になって痛感することになるとは。

 

人間は電気の力でもって生活環境を無理くりに整えてしまうけれども、

屋外で育てている植物の生育を眺めていると、

明らかに10年前とは様相が異なるのがわかる。

気候に適応しているか、できるかできないか。

温暖化ということばでくくれることなのかはわたしにはわからないけれども。

 

さしたる変化なく、淡々と過ごしたい

そう思うのはとてつもなく贅沢なことかもしれない。

子供の頃、「なんでもあたりまえとおもわないように」と何度言われたことか。

物事に、遅すぎるということはないと思うので、

改めて身の回りで起こっているたくさんの出来事を自分なりに整理していこうと思う。

 

***

 

デジタル音源しか手元になくて残念、とつい無い物ねだりをしたくなるアルバムが

何枚もあるが、その中の1枚が、Skuli SverrissonとBill Frisellのコラボレーションで

編まれた"Strata"。

 

 

 

 

Skuliはアイスランド出身のベーシストで作曲家。

Sigur Rosを初めて聞いた時の耳ざわりというか、感触というか。

アイスランドの音楽家に通じる、うまく言葉にできない共通項のようなもの。

地面を感じるといったら語弊があるだろうか。

 

残念ながら寝る前の1枚にはなりづらい。

音の連なりがいろんな感情、いろんな記憶を呼び覚まし、小さな波紋を重ねてゆく。

見たくないものを見ないようにするのではなく、痛いところにそっと触れるような、

決して意地悪な感じではなくて、温かな手で背中を押されるような。

 

本作は2度ほどアナログレコードでもリリースがあったようだが、

残念ながら中古店では見つけたことがない。

数があまり出ていないのか、聞くならデジタル音源が手っ取り早い。

(レコードならいい音で聴けるのではないか、と思い探してはいるが。)

 

長いこと「自粛」していたから刺激に弱くなってしまったんだろうか(笑)。

ただ淡々と物事を進めたり、過ごしたりするのには、

胆力だったり気力だったり、あるいは基本的に健康であったりと

いろんな要素があって初めてできることであったのかと今になってわかった次第。

真冬になる前にわかってよかった。落ち着いて「冬支度」に取りかかるとしよう。

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Київ (Kyiv)

Hania Raniという音楽家をご存知だろうか。

バルト海を臨むポーランドはグダニスク出身のピアニスト、作曲家・・・一言で言い尽くせない。

ジャンルという括りも彼女の音楽には窮屈すぎて上手くない。

偶然ストリーミングで流れていた、好みのタッチ、響き。

北国の海辺で出遭うような重々しい空の色であったり、群青の海の色であったり。

数値を弄って表現できる世界とはまた別の、掴めそうで掴めない「そこ」や「ここ」を

易々と描いて見せる異世界から来たかのような音楽家。

 

ウクライナ侵攻以降、元々ロシア方面の音楽に耽溺してきたわたしだから、

音楽を聴いては考え込んでしまう。

心の底の深いところを覗いてしまうような考え込み方は、

あんまり体にはよくないようで、頭の中からことばが根こそぎ奪われてしまう。

 

そういう重たい時間から漸く抜け出して、

外の空気を深呼吸できるようになった今はもう秋風だ。

耳が聞こえなくなったり、音楽が聴けても心の耳が塞がってしまったり。

2022年はわたしにとってどれだけ重たい1年になろうとしているのか。

そんなこの頃だから、胸の奥にたれ込める暗がりを少しでも祓ってくれるような音楽がいい。

 

 

 

 

 

最近はキーウと呼ぶようになったウクライナの首都でヨーロッパの古都。

わたしにとっては、何気ない公園での会話やデザートが美味しいカフェ、

古いけれど居心地の良いホテル、そして大小の寺院が並ぶ古い街並み。

露店での買い物、貴重な辞書が買えた思い出。

そういえば、車道を横切って違反キップを切られ、罰金を払ったことも(笑)。

今戦争をしている両国を夜汽車で移動した若い頃の旅の思い出、

もう二度とそんなことはできないのかもしれないが。

 

Hania Raniの奏でる"Київ (Kyiv)"は、静かだけれども確かな抵抗の歌だ。

一人一人の心に真摯に問いかける、それは本当に正しいことなのか、と。

このミニアルバムはダウンロードのみのようで、

その収益はウクライナのために寄付されるとのことだ。

 

***

 

今夜の風は涼しいことといったら。

虫の声にしても、この一瞬だけならすっかり秋の様相だ。

ピアノの響きに埋もれるようにして聞きたいが、

外の空気とこの風があまりに心地良いので、

ベランダに立ったままヘッドホンで聴いてみる。

部屋にはちゃんとした装置があるのだけれど、偶にはこういうのもいいかもしれない。

明日からまたがんばろう。

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公園に行く

公園、といっても大小の緑地と運動場が1つの川沿いに連なる広大なエリア。

去年の秋から、時間さえあればこの「公園」の遊歩道をぽつぽつと歩くようになった。

感染症が落ち着いたかに見えた晩秋の頃、

太陽がもう無くなってしまうのか、と見紛うほど日光浴をする人々で溢れ、

思い思いに空間を楽しむ人々の表情が殊の外明るく見えたのはわたしだけではないだろう。

 

この週末も出かけてみたが、あの賑やかさが嘘のように閑散としていた。

車道からも離れているからなのか、ここなら深呼吸したくなる。

日差しが強すぎるのなら、木陰で休めば良い。

硬いアスファルトから解放されて、足元のサクサクという落ち葉道も心地よい。

 

何度か訪れて気がついたことが。

楽器を携えてやってきて、練習なのか演奏なのか、

いくつか特定のスポットができている。

場所によっては常連のリスナーというかギャラリーができていて、

わたしの郷里の公園にはない風景だった。

 

その1つ、クラシックギターで奏でるボサノバの演奏家。

なんとも柔らかな指の動き、響きも間合いも緩やかでリリカルで。

辻弾きの押し付けがましさなど微塵もなく、

緑で澄み切った空気に溶け合う。

 

こんな優しい音でギターを弾くひとを目の当たりにするとは。

部屋に戻って、同じような印象のアルバムや演奏はあったかな、と

ライブラリをあれこれ探ってみるが、ギターでは見当たらず。

楽器はピアノと全然違うけれど、印象の近いアルバムを取り出して聞いてみた。

ジャズピアニストの大石学さんのアルバム、"Water Mirror"。

 

 

 

 

全11曲で編まれたピアノ・ソロのアルバム。

こうして夜、静かになった時間に流してみると、

無意識の緊張も解けて心の澱まで洗われるよう。

大石さんのアルバムはピアノトリオの構成で何枚も出ているが、

その大半は中古でこつこつ集めるしかないようだ。

わたしもこの1枚というのが勿体無い感じがして、

いくつか手近に手に入るものをオーダーしてみた。

 

 

郊外の緑地で思い思いに楽器を弾く人々。

音色は演奏する人の数だけあるとは言うが、

同じ音を出そうと思ってもそう出せるものでもないのかも。

わたしも少し鍵盤触ってみようかな、とは何かの気の迷いか。

また週末に出かけてみよう。

あのギタリストと再会が叶うことを期待しながら。

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冬らしい快晴の日に

きりっとした空気の中、近場の緑地に散歩へ。

黄金色の落ち葉の道、サクサクといい音がする。

陽のあたる場所は汗ばむほどで、鳩もカラスも日向ぼっこ。

陽の光は元気の源。

 

以前にも増して人混みを避けるようになった。

産業道路の喧騒から歩くこと20分、自然に恵まれた貴重な空間。

地図で存在は知っていても、こういうことにならなければ出かけてもみなかった場所。

災禍は無い方がいいが、それで初めて気がついたことがたくさんある。

 

午後も2時を過ぎるとぐっと冷え込んでくる。

部屋へと戻るのも自然と早足に。

お店がたくさん連なるエリアでは早くもクリスマスソングが鳴り響く。

買い物したいという気分から遠ざかっているからか、心なしか喧しい。

今聴きたいのはそういうのではなくて・・・。

 

木漏れ日の美しさそのままに、透明感溢れる響きで部屋を満たしたい。

そんな今日はVoces8の最新アルバム、"Infinity"を。

 

 

 

 

楽器のように操られる声。

英国のアカペラグループ、Voces8。

響き合う美しさ、減衰する様の儚さ。

生まれては消えていく灯火のように、

歌声が生き物のように揺らめいている。

 

スピリチュアルすぎず、或いは宗教歌のような重たさもなく。

選曲もジャンルにこだわらない縦横無尽が魅力。

疲れ切って眠れない夜に小さな音量で流すのにもいい。

冬の寒い最中ではあるが、できればエアコンを切って静かな部屋で楽しみたい1枚だ。

 

 

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秋が本当に短くて

ここ数日で一気の冷え込み。

気持ちも体も全然ついていけていない。

秋らしい秋を感じる暇もなく冬がやって来そうな気配だ。

 

足元がじんわりと冷えるような夜は

どうしてだかクラシックギターの音色が聴きたくなる。

凛としていてそれでいてどこか優しく温かみもあって。

こと、ECMの盤だと透明感もものすごくあって。

 

今夜はRalph Townerの2017年にリリースされたアルバム、

"My Foolish Heart"を。

 

 

 

 

元はと言えば、演奏者のことも中身もなーんも知らなくてジャケットだけで買った1枚。

ECMの盤はそういうのが多くてジャズのつもりで買ったら現代音楽だった、

みたいなこともあるけれど、

こういうのが聴きたかったんだなあと初めて聞いた晩にしみじみしたんだった。

振り返るほどのことのない、なんということのない1日の終わりに、

それでもやっぱり言葉にならない疲れというか緊張が解れるような音楽が聴きたい。

届いたCDを見てすぐプレーヤーのトレイに入れてみて。

ベッドサイドで心地よく響くギターの音色に、

ああもうこれで今日は十分だ、十分にハッピーだと思えたんだった。

 

夕食後、遊歩道を散歩していると、いつもなら見かける犬を連れた人もまばらで、

もう少ししたら吐く息が白くなる季節だから、きっと時間を早めたんだろう。

暗がりの下、ベンチに腰掛けて川面を眺めていたら、

なんとなくこのアルバムのジャケットが思い出された。

秋を堪能する暇もなくぐっと冷え込んできたこの数日間に、

時の移ろいに置いてけぼりを食らいそうなわたしは気持ちの整理がしたかった。

明日はもっといい休日になりますよう。

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enargeia

とうとう首都直下地震が来たかと慌てた先日の大地震。

携帯の警報に驚き、まごついた数秒後に3.11の時と同じような振動が。

この後に本格的なのが来るのではと身構えること2時間余り。

それでも緊張よりは眠気の方が勝るという体たらくで。

 

以来、緊張が解けるような響きの美しい音楽ばかり聴いている。

最近の新譜で繰り返し聞いているものを1枚。

メゾソプラノの妖精、Emily D'Angeloのアルバム、Energeia。

 

 

 

 

歌声の美しさはもちろんのこと、プロフィールを見てとても若い方なので二度驚いた。

静謐かつ何かの力が底から漲るような歌唱。

教会で録音されたのも彼女の歌の魅力を倍増しているかもしれない。

 

今回のアルバムでの選曲は、中世の音楽を好まれる方にはなかなかおすすめかもしれない。

作曲家で言えばヒルデガルド・フォン・ビンゲンから

ムームのメンバー、ヒドゥル・グドナドッティルまで、ものすごく幅広いのだけれども、

目を閉じれば現実逃避の旅に出てしまえるところは共通しているようで。

 

CD、アナログレコードのほか、Spotifyなどのサブスクでも聞ける。

コロナ疲れ、ワクチン疲れと〇〇疲れな表現が飛び交う中、

どこかで一回胸の内を洗濯したいなあと感じておられる方におすすめの1枚。

 

 

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