読書と脱力と | 2022.07.24 Sunday |
夏には付き物の蝉の鳴き声が、今年はあまり聞こえない。
先週近所を散策した際に、今年初の蝉の声(アブラゼミ)!と思わずつぶやいてしまったが、
その後、一気に全盛期を迎えると思いきや、今日に至っては遠くのミンミンゼミが1、2匹という有様。
このままツクツクボウシになったらどうしようかと焦るくらいの静けさで、
あまりの暑さに蝉の様子も普通でないのだとしたら、
思う以上に深刻な異常気象であるのかもしれないと勝手な想像をした。
暑さといえば、今年の暑さはいつもに増して辛い暑さだ。
三方向に窓があるわたしの部屋は、窓を開けさえすれば風がよく抜けて随分涼しい。
それが、風というか空気の温度が高くて温風機を向けられたんじゃないか、
とこれまたありえない想像をしたくなるほど熱風が吹き込んでくる。
できることといえばベランダに適度な打ち水をして、
鉢植えの根がやられないようにするくらいのこと。
節電、が必要なんだが、仕方なくエアコンに頼る。
そこはかとない罪悪感に反比例して涼しさの快適なことといったら。
ついさっきまでの体が鉛に覆われたかのような怠さはどこへやら。
それなら、と積んだままの本を端から読みふけることにした。
気にはなっていたがなかなか手に取る機会のなかったメレ山メレ子さんの著書。
昆虫大学という虫好き向けのイベントの主催者で、
というより旅ブロガーの走りと紹介した方が適切だろうか。
そんな彼女の本は、旅の話だろうが恋愛の話だろうが、
どこをどう切っても生き物というか虫の話が根底にあって、
これってどういう意味だろうかと立ち止まるところ、
虫好きなら、例えや文脈がぴったりハマって本来笑うところじゃないのについ声が出てしまう。
彼女の文調は、小気味良く、ここというポイントを鋭く図星にしてくる。
チクっと心の隅に棘が刺さったような痛み、でもそれが心地よいという矛盾。
いまでいうコミュ障なわたしが思いもよらない角度で、人と人の距離を言語化してみせる。
今日は「メメントモリ・ジャーニー」と「こいわずらわしい」の2冊を読んだが、
本当に虫が好きな方なら「ときめき昆虫学」の方が手っ取り早く楽しめる。
メレ山氏の2冊に加え、ちょっと気の重くなる本やら計5冊を一気読み。
朝からずっと部屋の中ならさすがに読めてしまう。
ただ久々に集中して読んだせいかちょっと肩が凝るというか頭が疲れるというか。
なので、浄水のごとく滲み透るような音楽で筋肉の緊張を解そう。
Radka Toneffのアルバム、"Fairytales"。
Radka ToneffはノルウェーのJazz歌手。
透明感溢れる歌声に合わせてなのか、音数を抑制したピアノ伴奏に響きたっぷりの録音で、
音が流れた瞬間、まるで森林浴でもしているかのよう清々しさ。
音量小さめで部屋にゆったりと流すのも良いし、
ヘッドホンで聞けば、繊細でニュアンスに富んだ彼女の歌声が堪能できる。
聞いているだけで余計な力が抜けて、ああ今日もいい1日だったと安堵できる。
手元の音源は86年の、かなり古いCDだが、
調べてみたら近々アナログレコードで再発される模様。
82年リリースのオリジナルの盤は思えば見かけたことがない。
寝る前のかけっぱなしが多いからCDでいいんだけれど、
初期盤で盤面に白浮きが少し出始めているからレコード奮発して手に入れるかな。
夏の暑さに負けて昼も夜もそうめん、みたいな清涼感一択の選盤では決してなくて。
女性ヴォーカル好きな方は騙されたと思ってぜひ、の1枚。