音の快楽的日常

音、音楽と徒然の日々
real you

嗚呼猛暑の日々。

気温の急上昇についていけず悲鳴を上げる胸の内。

折しも緊急事態宣言中で、

連休があっても盤探しに出かけるにはいい日和ともいかず。

ネットで新譜情報など眺めていると、

ここ数年で随分様変わりしたな、と感じるのは、

当初よりアナログレコードで発売されるアイテムの多いこと!

嬉しい悲鳴、いやいやお財布の中身も全く追いつけず、

この暑い最中に苦しいとは言わないがなかなかの悩みごとに。

 

もっとも、全てが万歳といかないのが世の常で、

演奏が素晴らしくても、録音なのか盤質なのか、がっかりする盤がなしでもなし。

なので、ああこれは良かったと快哉叫ぶ1枚との出会いはやはりうれしい。

 

この暑さ、なのでBGMにいいかなと思う盤がいくつもあるが、

どこまでも嫌な音が一つもしない、達人の技的な1枚を。

Enrico Pieranunzi(p)とThomas Fonnesbaek(b)のデュオで、

The Real You : A Bill Evans Tribute。

 

 

 

 

ジャケットからもお分かりの通り、超のつくベテランたちによる演奏。

Bill Evansにとってベースとのデュオって、ピアノ+1ではなくて、

ピアノトリオ−1のデュオなんだろうか。

構成は違うけれど、わたしがよく聞くChet Bakerが好んだドラムレスとは

意味合いが違うよう・・・。

 

本作はトリビュートアルバムとして編まれながらも、

収録の10曲中、Evansの曲はOnly ChildとInterplayの2曲のみで、他は

Pieranunziらのオリジナル曲。

しかしながら秘めた思いがそっと解き放たれるが如く、

どこまでもリリカルで細心のタッチが切ないほど美しい。

 

Evansをたっぷりと聴いている方ならどんな感想をもたれるだろうか。

このアルバム、その点から離れて聴いたとしても十分楽しめること請け合い。

録音は2020年7月、その頃のヨーロッパの状況を思えば演奏に込めた思いは・・・。

何かとささくれ立ちがちな気持ちをそっと癒してくれる珠玉の1枚。

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dumky

始まる前から「早く終わって欲しい」と思うイベントほど哀しいものはない。

具体には言うまい。

TV番組を見る習慣はもう随分前に無くしてしまったが、

新聞、雑誌、街頭の大型モニターetc...聞きたくもないし見たくもない「雑音」がどれだけ溢れているか。

ネット上のあれこれにかき乱されたくもなく、

いっそのこと、今それを眺めながら書いているiMacもラップトップに買い換えようか

(見たくない時には勢いよく蓋をできるから)

とさえ思う。

 

こういうときは何はともあれクレイジーな音楽がいい。

新譜案内の中でひときわ目立つ面構えなジャケットに、

これは絶対いいに違いない!と確かめてみたら案の定。

アーティストの名前もどう発音するのか?な初めてづくしのアルバム、

Barnabás Kelemen(vn) 、Nicolas Altstaedt(vc)、 Alexander Lonquich(p)による

"Kodály: Duo for Violin and Violoncello, Op. 7 - Dvořák: Piano Trio, Op. 90 "Dumky""。

 

 

 

 

コダーイの曲は好き嫌いが分かれると思うが、

この勢いと押し出しの強さにはどなたも驚かれるのでは。

生命感、それしかない。

しかしこのアルバムの推しはドボルザークの"Dumky"。

激しさとメランコリックが交錯するダイナミックなメロディ。

三人の演奏は決して音楽に飲み込まれることなく流麗にエスコートしていく。

各パートが火花が散ってるのではと思うほどガチンコでぶつかっていく様に

最初はほんとうに驚いてしまった。

年がら年中音楽三昧だと無意識に口が半開きなアルバムが年に数枚はあったりするが、

本作は高湿でだらけきったわたしにガツンと喝を入れてくれた。

さあなんとかこれで明日からの1週間もがんばれるに違いない。

ちなみにこのアルバムはCDのほか、LINN Recordからhi-res音源も出ているのでぜひ。

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アリアドネの迷宮

アリアドネの迷宮、と聞いて何を思い浮かべるか。

ギリシャ神話? それとも人気ドラマのタイトル?

Jordi Savallを父に持つArianna Savall初のソロアルバム「アリアドネの迷宮」。

全編自身の演奏と歌でまとめられた作品は、

古の響きを竪琴と美しい歌声で再現するかのような珠玉の音楽集に。

 

 

 

 

「なんでもいいから癒される音楽をおねがいします」

 

滅多にないこのブログへの感想メールにこんな1行が。

自分以外の誰かにとって何が癒しになるのかは正直難しいけれど、

連休に読み返してみた阿部謹也氏が語る中世の世界にどっぷり浸かっていたこともあり、

最近手に入れた新譜から、

ひょっとしたらポピュラーファンの方にはあまり馴染みのないかもしれないが、

ぜひ聞いてほしい1枚を選ぶとしたらこれと迷わず選んだ。

 

部屋いっぱいに広がる美しい響きは、単に素朴といって終われない。

迷える者を導く糸、ではないが、見失った冷静を取り戻せるような癒しの音。

ヒステリックに過ぎる感のある今を見て見ぬ振りできずに心の底から疲れてしまうあなたへ。

騙された、と思ってぜひご一聴ください。

 

 

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wolf rune

昨夜は強風に雷雨と早くも季節の変わり目を思わせる荒天。

夜が明けてみれば早朝より夏日のような照りつけ。

いつからか、静かで過ごしやすい季節は極度に短くなり、

いずれは秋と春とがなくなって、夏と冬しかないような気候になってしまうのでは。

以前なら育てるのにそう難しくない種類の植物も、

気候を除き同様の環境で世話していても上手くいかないことが増えてきて、

温暖化の影響なのか、何がしかの変化を痛感することも多い。

近い将来、様々な植物を育てること自体が贅沢なことになり得るのではと。

失われて初めてわかる値打ち、ここ1年はそう感じることばかりだ。

 

連休に入り、植物の世話に明け暮れていると、

音楽もなぜかアコースティックなものが聴きたくなる。

買ってからというもの、「寝る前の1枚」第1位の盤もその1つ、

ノルウェーのカンテレ奏者、そして歌い手のSinikka Langelandの最新作、"Wolf Rune"。

 

 

 

 

Runeというのはゲルマン諸語を表記する際の古代文字。

アルバムタイトルのwolf runeで検索すると、狼を表す太古の文字が出てくるが、

そういえばそんな文字があしらわれたアクセサリーの見覚えが。

一桁世紀の時代には既に使われていたこの文字の、

素朴な印象がアルバム全体にも当てはまる。

 

多弦のカンテレを操り、自らの声をも楽器の響きのようにして、

静と動の空気を縦横無尽にするスピリチュアルな音世界。

ECMの新譜紹介で偶然聞いて気に入ったので手に入れた盤だが、

穏やかかつ表情豊かなカンテレの響きに癒されて、

3曲目を待たずして眠りに入れる、というのは予想外。

こんな時節柄、体は疲れていても頭が寝てくれない、

みたいな不眠の方にもお勧めの1枚だ。

 

 

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albores

七千平米ほどの大きな古い建物を解体する前準備で、

年明けから数名で建物の中のゴミ掃除を始めた。

築50年、その時々に使った人々の残したものや事業の痕跡。

いまは昔と違って廃材やゴミも相当に分別が必要で、

現時点の基準では廃棄自体がむずかしいものもたくさんある。

小さいもの、汚れたもの、大きくて重たいもの、触ると怪我をしそうなもの。

そういうのを分け隔てなく整理して、処分場まで持っていってもらうための、

事前の整理作業だ。

 

冷蔵庫の中かと思うような冷たさ。

窓から遠いエリアは薄暗く、この手の作業は春夏がいいなと痛感する。

メリットは事務所の密度低下。

数名で散らばっていると感染もなにもないが、

何かを動かすたびに埃が舞うのでマスクは二重がけ。

息苦しさにも慣れて、これなら日頃から二重がけも問題ないか。

高山トレーニングではないが、思わぬ副産物だ(笑)。

 

掃除というのは意外に集中の要る作業だ。

いい加減にやりすごすと、他の誰かがやり直すことになるから、

音楽聴きながら、というわけにもいかない。

なので、帰宅したらすぐにプレーヤーをオンにする。

 

寒さついでに、ではないが。

まるで語り部のように旋律を紡いでいくDino Saluzziのソロアルバム、"Albores"。

スペイン語で夜明けを意味することばだそう。

 

 

 

 

彼はたくさんのアルバムをリリースしているが、

アンサンブルが多くて、実は久しぶりのソロ演奏になるのだそうだ。

バンドネオンの響きはサウダージそのもの。

録音も良いせいか、闇夜の中に引き込まれるような没入感が。

8曲目の Don Cayoは亡き父に捧げられた1曲とのこと。

わたしもいつかこうして父のことを振り返ることのできる気持ちになるだろうか。

 

演奏が終わり、無音になると、途端に底冷えの厳しさにため息が出る。

気持ち熱めのお湯に浸かったあとは、早寝に限る(笑)。

明日からの新しい1週間。少しは世の中によい兆しが生まれますよう。

 

 

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lost ships

吸い込まれそうなくらい透明な空。

晩秋の空、それも抜けるほど快晴の空ほど清々しいものはない。

 

天候にも恵まれて勢いづき、鉢植えの世話をしながら気づいたのは、

先週までいたトンボやら蝶やらは姿を消し、いよいよ季節の変わり目がきたこと。

気象庁は何でも動物による季節の観測を止めるのだとか。

 

確かに温暖化で昔と今では生息している生き物も様変わり。

今年の夏は、本来なら時間差で鳴き始める種類の異なるセミたちが団子になっていて、

なんだかややこしいことになってきているんだなと思ったほど。

そもそも鳥や昆虫やらを探すのが大変、というのも言われてみれば納得。

 

季節感、ということばが一体いつまで実感を持てるものなのか。

例えば、年がら年中いろんな食べ物も手に入る便利さと、

それとがバーターになるとしたら、わたしはどちらを残すだろうか。

 

いい具合の筋肉痛がやってきたので、作業もそこそこに部屋に戻り、

ECMの新譜から1枚選んだ。

アルバニアの歌手Elina DuniとギタリストRob Luftの"Lost Ships"。

 

 

 

 

何とも寂しげで哀切に満ちた歌声。

民謡の懐かしい響きかと思えば現代的なjazzのフレーズも。

Chetが晩年好んで歌った"I'm a fool to want you"、

彼よりも哀しげに歌える人は居ないと思っていたけれど。

深夜にひとり聴くのは止めておこう。

 

 

 

 

アコースティックな響きとアンビエントに加工した響きとかいい具合に馴染んで、

儚さがぐっと増している。

英語とは違う異国語での歌、解説には、移民問題を取り上げて、とあった。

アルバニア語、フランス語、英語etc...多言語で歌うのはなぜだろう。

まだ足を踏み入れたことのない国、アルバニア。

いつか行けるという気がしないほど遠い国のような気がした日曜の午後。

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街を歩く

何カ月ぶりに、特に目的もなく街中をのんびり歩いてみた。

否、時折気になるお店の前に立ち止まるなどした以外は、がしがしと。

事務所と自宅の往復以外に、近所の買い物ぐらいしか歩かなくなったわたしの足は、

随分と簡単に悲鳴をあげた。

足が棒になる、というけれど、それほどの距離を歩いたわけではなく、

ましてや、都心だから、ちょっと歩けば駅があって、

しんどくなるとズルして地下鉄に乗ったのに(笑)。

 

繁華街は随分な人混みで、しばらくぶりに生で大勢の人を見た気がする。

人に酔った感じがする。

街に出かけることが、こんなに特別な感じを持つことになるとは。

 

 

 

 

ものごとのありがたみが痛感される、というのは、

あの大地震の後にもやっぱりあって、

その際には生活感や考え方も変わってしまうほどだった。

なので、ということなのか、今回の感染症のことで何かが変わったかというと、

実は思ったほどでもなくて、不愉快なことへの耐性が以前よりはできてるな、

と妙なことに感心しつつ、

週末や休みの日はひたすら限られた範囲で息を潜めていた感じだ(笑)。

 

 

 

 

久しぶりに足が上がらなくなるほど歩き回り、何百枚かの写真を撮った。

しっかり撮ったのではなく、目に映ったものをメモする感覚で。

後から撮った画像を時系列に眺めてみると、

自分の視点が思わぬところに向いていてなんだか面白い。

シャッター音が想像以上に心地よく、だからこそ歩けてしまったのではないか。

フィルムの時代なら、こんな贅沢な撮り方はできなかったと思うと、

日頃目くじら立てたくなるデジタルの世界もそうは悪くない。

おまけに今使っているカメラは、当時高価でなかなか使えなかったスライドフィルムの、

プロビアとかベルビアといった仕上がりに調子を整えてくれる。

そのメーカーのショウルームにも立ち寄ったが、

発売から4年ほど経っているわたしのカメラも、最新製品にそう見劣らないから、

買い替えたりは次かその先で十分だと、新製品を勧めないのが、

商売っ気がないのではなく、自社の製品に思い入れがあって、

決して使い捨てではないよ(長く使ってね)という思いが伝わるようで、

デジタルの製品だからと当初毛嫌いしていた自分が恥ずかしくなった。

 

ちょっとした旅行のような時間を過ごし、どうにか部屋に戻った後は、

一旦頭を空っぽにしてしまいたかった。

Dino Saluzziの、時に寒々として心の隙間に風が吹くような、

それでいてどこか懐かしいバンドネオンが聴きたくなった。

 

 

 

 

あまりに有名なアルバムかもしれないが、数ある音源のなかでこれにしたのは、

多分ジャケットの絵柄のせいだ。

「歩き回る」といっても、所々に目安となるランドマークだったり、

自分なりの道標になるものがあって、

それらを頼りに「安全な」旅を無意識にもしていたものだから、

このカカシにも見えるようなアルバムが、聴きたくなったのかもしれない。

 

思えば「自粛」を言い訳にして随分な運動不足になっていた。

鉢植えの世話をするにもすぐ腰痛と、笑えないほど酷い運動不足だ。

週末に、思い切ってではないが、少しずつ出歩いてみようか。

わざと道に迷うことが楽しくなるような旅は、まだまだ無理だ。

少しずつリハビリを。欲張らずに行こう。

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The Stolen Cello

10年ほどかけて、旧ソ連・東欧の国々を訪ね歩いていたことがある。

時期というか時機が悪く、入国が難しくて訪問を諦めた国がいくつかあるが、

アルバニアもそんな国の1つだった。

地図の上でどこと指させなくても、

ベルリンの壁崩壊後、民主化に向かうも不安定な情勢が続いた国、

というイメージをお持ちの方なら少なからずおられるかもしれない。

 

先日来、弦の響きに魅せられてあれこれ探していたら、

よくあるクラシックの楽曲の演奏とは違った趣の1枚が。

Redi Hasaのチェロ多重録音によるアルバム「ストールン・チェロ」。

 

 

 

 

Hasaはアルバニアの首都ティラナ出身のチェロ奏者。

今では評価を確かにする演奏家の1人ながら、その来し方所縁はまさに波乱万丈。

イタリアに住む年の離れた兄の勧めで、

音楽院から貸し出されたチェロを携え祖国を離れてイタリアへ。

その時、彼はなんと13歳。

家族と離れて暮らすこと自体が難しい年頃に、言葉も話せない国に渡り、

ただ将来を期して鍛錬を積み重ねる・・・それは苦労の一言では表し尽くせない。

このアルバムは、そんな彼の物語を楽曲にして編み上げたものだ。

 

楽曲はHasaが作曲、彼自身の演奏の多重録音からなる。

その響きたるや、なんと表情豊かで聴く者に語りかけてくることか。

最初はこのアルバムの背景を知らずに聴いたのだけれど、

当初は映画のサントラか何かだとばかり思っていた。

 

 

 

 

1本のチェロがこれほど多彩な響きを奏でる楽器とは。

彼の国の民謡のリズムや、望郷の寂しさを思わせる曲調がそうさせるのか、

力強くも物悲しいウードのような、なんともいえない東方の響きに満ちていて、

西洋とは違う何か根のようなものに心から癒される。

誰も彼もが疲れがちな今時だからこそ、ぜひ聴いていただきたい1枚だ。

 

 

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空気の冷たさに心改まる

つい最近まで台風が来ていたのに、2週後にはこれほど冷えた風が吹くとは。

慌てて衣替えをし、秋冬から春にかけて咲く花の苗を植え付けた。

 

現実逃避ではないが、出歩くことなく部屋でじっとモニターを眺めていると、

それが映画でもテレビのドラマでも或いは音楽の映像でも、

夜昼季節関係なく、暗い箱の中にちんまりと収まってしまう。

そういうのが誰に言われたわけでもないが、あまり良いことに思えず、

外の空気を吸うために買い物に出かけ、

これから成長して花をつけようとする植物に触れ、

日差しのあるうちに土と水と鉢を用意する。

単純ながら、指先に触れる土や植物の柔らかさ、温かみ、

そして耳元で風が切る音でもって少しずつ体が目を覚ましていくようだった。

 

日が落ちて暗い部屋の中で、

例えば今日のようにすっきりとした秋晴れの夜に合うアルバムは。

邦題「黒猫の歩み」というタイトルからは、

少し想像しづらいウードとピアノ他のトリオによる演奏。

 

 

51mARIOxmxL.jpg

 

 

アヌアル・ブラヒムはチュニジア出身のウード奏者。

この盤はジャケットが気に入って買ったもので、ジャンルも演奏者も何もわからずだったが、

多くの雑事に追われて一杯いっぱいの1日も、

彼らの音楽で全てを空っぽにすることができる。

録音からして楽曲の持つ透明感を目一杯生かすような工夫がしてあるようで、

部屋でこうして聞いていると、すぐ手の届く所で演奏しているような錯覚さえ起きる。

楽器や曲の調子が合わないとしても、

澄み切った響きに身を置いてみるだけでも、と思う。

根を感じる土台の確かさが、聞き流しを許してはくれないが。

 

緊張から解かれているならば、きっと心地よい眠りに誘われるだろう。

1曲、1曲が緩く繋がって流れる様が読み聞かせのようだ。

遠く懐かしさを想起させるのはウードの力なのかどうか。

2002年と少し古い録音ながら、秋の夜のお供にぜひ。おすすめの1枚だ。

 

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遠い記憶が蘇るような

暑いのか寒いのかわからなくなるような気候に、いつの間にかなってしまった。

ニュースの見出しに芸能ネタばかりが踊るような時代に、

気候を云々したところで仕方がないのかもしれないが・・・。

ベランダの植物の具合を眺めていると、

日によってぐんと成長を感じることがあって、

どれほどややこしい日々であっても何かしら対処の方法はあるんだな、

機を逃さないのが大切かもと思い返す。

 

近所には紫陽花がたくさん咲いていて、

青でも淡い藍色でもない、そのグラデーションの美しさに見とれていると、

そういえばと思い出した歌声があった。

 

 

 

 

彼女の名前を見て、ああやっぱりアルメニアに所縁のある人なんだと納得した。

初めて彼女のピアノと歌声を聴いたのは、

同じくアルメニア出身のTigran Hamasyanのアルバムだった。

フォーキーで、まるでピアノと声が一つの楽器のように自在で抑制の効いた響き。

根の存在、確かさが伝わってくるような深い響きだ。

 

春先から立て込み始めた些事のせいで、夜休む時も緊張がなかなか解けないでいた時、

真っ暗な部屋で聴いたこのアルバムにどれだけ癒されたか。

周囲の物事への拒否感なのか、ものの見える範囲まで狭く感じる毎日の中で、

いつのことだったか、

新しい物事を見たり聞いたりするだけで幸せだった遠い記憶が思わず蘇るような演奏は、

救いという以外に何といえば良いだろう。

音楽の持つ力を改めて思わずにいられない作品だ。

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