音の快楽的日常

音、音楽と徒然の日々
探し物、それもまた楽し―Z.Kodaly,Sonata for cello solo opus8--Pieter Wispelwey
 モノへの執着というのは、物を大事にする気持ちとは少し違ったところにあるようだ。私は人から「貴女は物持ちがいいね」と言われることが少なくないが― それはやたらと身の回りの家電の類いが長もちしていたり、自分の古着を大事に着ていたりするからだ―特に金属でできたものについては、格別の思いがあって、自分の手を離れて何年も経った後も、その姿かたちをよく憶えていたりする。

 最近、ふっと思い出したのは、社会人になって引っ越しを初めてしたときのドサクサで失ったポータブルラジオのことである。見た目はよく憶えているが、さすがに型番となると記憶の遥か彼方。しかしながら、このネット情報の時代、何だって検索できるさとgoogleでいろいろ見てみたら、SONYのラジオマニアの方のサイトに行き当たり、無事、欲しい情報に行き着いた。

 そのラジオはICF-4900といって、84年から製造されたSONYの3バンドコンパクトラジオである。これは、私が大学受験の浪人中に、FENを聴きたいという私のために買ってくれたもので、どこにでも持ち歩いてはイヤホンで聴いていた思い出深い品だ。それが、あの時の引っ越しときたら、おそろしく本や雑貨が部屋に溢れており、紙のゴミ袋を利用して細かなものはごちゃ混ぜにして運んだものだから、そのラジオを途中で落としたか、あるいはうっかりゴミと間違えて捨ててしまったのかもしれない。どうなったかわからないから余計に気になってしまう。

 気にしても答えが出ないものはなるべく思い出さないようにしていたが、Yahooのオークションを眺めていたら、ふと頭に浮かんだというわけだ。それにしても、今時はマニアの方が丁寧にデータや画像を整理していつでも見られるようにしてくれてあるので、ネットというのは本当に有難いものだ。失った本機を取り戻すのは不可能なので、いつか中古で探したいと思う。こちらが願えばきっと出会いはある、そう思う。

 それにしても、この夏は本当に暑い。今日は休みであることをいいことに惰眠を大いに貪ったが、夜のこの時間帯にしてこの熱気。とにかく、涼し気な音楽を、ということで選んだのは、コダーイの有名なチェロ・ソナタで、演奏者はウィスペルウェイである。この曲は好きなので、何枚か演奏者を変えて持っているが、この1枚がもっともしっくり来る。何と言っても、出だしのフレーズ。ヨーヨー・マの演奏も素晴らしいが、それと比べて硬質で凛としたものを強く感じさせるチェロの響きが、ウィスペルウェイの魅力である。どちらかというと部屋を薄暗くして静かに耳を傾けたい1枚である。
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夢の中でラジオドラマする―IDLE MOMENTS--GRANT GREEN
 私は夢見があまり良く無い。普段から何かに追われているような内容の夢をよく見たりする。だから、少々凝った内容の夢を見ても大して驚いたりはしないが、それにしても昨夜のは振るっていた。

 私は仕事の用向きでとある大学の研究室に向かう。企業からの研究費がもっと欲しい遠山という学者を取材するためである。彼の研究テーマはこれといって目新しいものではなく、私もどうやって紹介したものかと筆が進まないような話であった。それが、表向きはそういう風でも、実は(夢の中ではまだ禁止されている)クローンの研究者であった。

 細かなディテールは既に記憶の彼方にあってよく思い出せないのだが、私は遠山の隠し部屋で、金魚のシッポのかけらから、生きた金魚が再生される様を見せられる(ここあたりからSFチックだ)! それにしても、目の輝きを全く失ったかのような研究者の表情に、矛盾するようだがとても惹かれる私。研究規模を拡大するにはもっと資金が要る。どうしたらよいか!?

 眠りが途中浅くなったのか、話が途切れてしまっているのだが、その後場面は急展開して、古ぼけた駅舎の傍らで引き売りの車で食料品を物色する私がいる。そこに、どこかで見かけた顔の男が近寄ってくる―遠山氏だ。生気なく商品に目が泳いでいる。私は以前取材のときに、ビーカーで作ったゆで卵が旨いという氏の話を思い出し、何げに卵を彼に勧めた。彼はにこりとするわけでもなく、その卵を受け取り、その場を去った。

 ある朝、新聞の片隅に、部屋中に卵を散らかしたアパートで男の死体が見つかったとの記事を見つける。遠山氏と思しき、と書かれているが、実はそれは氏のクローンであり、研究室を脱出したまでは良かったが、ろくに食べることも知らず、そのまま息絶えたようだった。

 彼に手渡した卵の感触が目が覚めたときにじわりと手に残っているような気がするくらい、リアルな映像だった。しかも、夢なのに、私が少し離れたところからラジオドラマの、まるで津嘉山正種ようにト書きを読んでいたりする。さらに私が驚いたのは、その遠山は、私が日頃よく知っている男性にそっくりであったこと。私は一体何を思って、彼をクローン研究者に仕立て、或はクローン人間にして餓死させてしまったのか。全く不可解。あんまり生々しい夢だったので、そのご本人に話したら、「すごい夢だなあ」と笑って済ませてくれた。大らかな人でよかった。
 
 他人が見ても全くくだらない話はここまでにして、今日は最近買って気に入ったレコードからBGMを選ぼう―グラント・グリーンのアイドル・モーメンツである。私は彼のアルバムを買うのは初めてで、これを選んだのはジャケットがブルーで雰囲気があり、この暑い夏にはもってこいと思われたからである。曲はわずかに4曲、表題曲とノマドの2曲はピアノのデューク・ピアソンのオリジナルで、グリーンのオリジナルとあとはジャンゴが入っている。全体にブルージィで、訳のわからない夢を見た後の「疲れ」を癒すのにはこれ以上ない演奏だ。歌心というか、勢いとかテクニックじゃない、曲に浸れるギターが心地よい。夜風を入れながら美味しいお酒でもあればなおよい、そんな感じのお勧めの1枚である。
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Slow Lifeを模索する―Когда мужчина влюблён--Данко
 最近、通勤電車の中で考えるのは、決まってスロー・ライフのこと。この「ゆっくりと」がキーワードになった言い振りは食や働き方など様々に広がっているが、いざ実践となるとそれがなかなか難しい。もともと時間が止まったような田舎育ちであるのに、たかだか20年に満たない時間をこの東京で過ごすうちに、私もすっかり慌ただしい生活に慣れ、それに違和感を覚えないところまで来た。

 しかし、体力に任せて仕事をしてきた30代前半まではそれで良かったものの、今はそのちょっとした無理が利かなくなって、そこここに歪みが出始めた。ついそれを、単に忙しさのせいにして忘れて来たが、じっくりと自分の生活のあり方に向き合ってみたい。

 去年はいろいろな耐久消費財を購入して、お金を使う生活にどっぷりとはまっていたが、その反動なのか、いかにお金を使わないで生活できるかということを少し考えてみようと思う。物欲止むところを知らない人間の私も、だからといって消費のためにシャカリキになって働こうとは思えない。むしろ今は、仕事から逃げられない現実から逃避するために、「**のレコードが買いたいから」と物欲を逆利用している始末。消費消尽あるのみの人生は、やはりどこか空しい。

 そうは言っても、いろいろな音楽を聴きたくてついレコードを買ってしまったりするのも事実であり、そんな自分と少しずつ折り合いをつけながら、田舎暮しの頃のように、無い無い尽くしを楽しめる時がまたやって来たら・・・と思う。大理石の塔のようなオフィスに缶詰めになって働いていると、稲穂が頭を垂れて季節の移ろいを告げる鄙びた農村の生活が懐かしくて仕方がない。10代の頃はそれが退屈で、そこから逃げ出すようにして上京した自分であるのに。

 部屋に閉じ込められた熱気に思わず顔をしかめつつ、トレーに流し込むのはダンコの久しぶりのオリジナルアルバム。前作のリミックスを交えた全12曲は、曲調こそそれほど変化がないものの、どこか大人びて余裕の歌いこなしが見えかくれするダンコにちょっと驚く。シングルカットのアナーは8曲目だが、私はむしろ表題曲のカグダー・ムシチーナ・ブリュブリョーンと3曲目のマーマが彼らしさに溢れていると思う。脱アイドル路線とも言うべき4枚目の作品は、ダンコのファンの方以外にもぜひ聴いていただきたい。軽めのポップスから聴いてみたいというロシアン入門の1枚としても手ごろなアルバムである。
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金魚のいる生活―Анi Лорак--Анi Лорак
 昼休憩に何となくネットサーフィンしていたら、水産試験場のサイトに行き当たった。ここ数日猛暑のせいか、やたらと魚に関係のあるサイトばかり見ている。画面からわずかな涼をとって、少しでも気分を変えようというわけだ。

 東京が結構な金魚の産地であることを知っている人がどれだけいるだろうか。場所でいうと葛飾近辺に金魚業者が多いと聞いたが、そういう私も実際の生簀などを見た訳ではない。ただ、江戸の夏をイメージすると、いかにも縁側で風に揺れる風鈴とガラスの金魚鉢にリュウキンが1尾、ゆったりと泳いでいるのが合いそうではないか。

 うちのすぐ近所にペットショップがある。その店は私の気持ちを見透かしたかのように、店先で金魚やメダカを売り出した。細い葉の水草と金魚鉢も並んでいる。机の上にでも置けそうな大きさで、金魚も元気良く泳いでいる。私は頭の中ですでに家で金魚を飼っている様子を思い浮かべていた。金魚が飼いたい。

 金魚といえば、小さい頃、実家で飼っていたが、世話は母親がやっており、私のしたことといえば、水替えくらいのものだった。口のあるものはきちんと世話をしてやらないとと思い、先述の水産試験場のサイトに載っていた飼い方指南に目を凝らした。ところが読み進めるほどに、飼いたいという気持ちは萎んで、なぜか、咽せる部屋に帰った時に金魚が力なく水面に浮かんでいる様子が想像された。思った以上に、金魚はデリケートな生き物であり、飼い方が難しかったからである。

 えさやりや水替えくらいは大丈夫だが、日中留守の部屋の中で、酷い気温の変化にさらされて小さな鉢で生きて行けるほど金魚は強くなかったのだ。病気の問題もある。よい状態の水を適温で与えてやらなくてはいけない。病気になったら治療だって、薬を選んで処方してやらなくてはならない。犬や猫はピンチを人間に知らせることができるけれども、魚はそうはいかない。生き物はいつか死ぬけれど、自分の手落ちで安易に死なせることはしたくない。がっかりする自分が見えるようだったので、飼うのはやめた。金魚のいる生活がしたかったが、その判断は懸命だと思う。

 諦めごとをした後は、レコードをじっくり聴く程馬力がないので、ここはお手軽に、ウクライナポップスの急成長株、アニ・ロラクの新譜を流す。ラテン調の強いリズムに濃い音づくりが、彼女の声質によく合っている。このあか抜け方が、ウクライナのアーティストの中では群を抜いていると思う。曲の方は全12曲プラス、おまけのビデオクリップが3曲分。しかも美しいデジパック仕様で、彼女のメッセージも添えられた豪華版だ。
 
 金魚の泳ぐはずだった机をぼんやり眺めている。せめて、画面上にバーチャルの金魚でも泳がせようか。安易な方法に走る自分を嘲笑しつつ、生き物が目の前で死ぬのを見て大丈夫なほど、今の私は強くないと自分で思う。そんな弱気がつい顔をもたげる夏の夜、今夜のBGMはそんな私に元気を与えてくれる熱い1枚である。
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模様替えの衝動―Оттепель--Лариса Долина
 季節が変わると、私は模様替えをしたいという気持ちを抑えきれなくなる。もちろん、今の間取りや家具のレイアウトに「もう十分」というほど満足できているわけではないが、だからといって日頃から不満を感じているほどでもない。もともと限られた空間なのだから、できることにも自ずと限界がある。

 そうわかっているのに、見なれた景色がやがて色あせて目に映るようになると、むずむずと虫が騒ぎだす。以前はそれが、模様替えではなく、引っ越しを伴う大掛かりなものだったので大変だったが、今では、引っ越しは、お金と体力と時間の問題で難しくなってしまった。でも、模様替えは答えのないパズルのようなものだから、それほど難しくはない。

 さあ、どうしよう。今日はおあつらえ向きの、風があってよく乾燥した晴天だ。本も日向ですこしは日光浴をしたいだろう。見つからないソフトも出てくるかもしれない。さあ、さあ! 

 片付けはじめようという端から、5月の新譜を聴いている。まず紹介したい一枚は何と言ってもラリーサ・ドーリナの新譜、Оттепельだ。今回はノリノリのエストラードナヤで、ラリーサの歌唱力が炸裂する全18曲。お勧めは7曲目のザガバリー・サムノイと9曲目のリュビームイ・ノ・チュジョイ。どちらも意味深なタイトルで、思わず考えさせられてしまう歌詞もいい。暑い夏をただ日焼けだけで終わらせたくない貴女にぜひ贈りたい1枚である。
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