音の快楽的日常

音、音楽と徒然の日々
回る円盤の至福― Jimmy Jones Trio -- Jimmy Jones Trio
 久しぶりに有休をとって、暖かな陽射しの中、のんびりと漁盤の1日を過ごした。散歩が主目的であって、決して狙いをつけた盤がある訳ではないが、レコード店でのひとときは正に至福の一言に尽きる。

 ここのところは仕事も落ち着いたので、大して疲れるわけでもないのに、部屋に戻ると、もうただただぼんやりとしていたくなる。考える気力もなく、眠るわけでもなく、ぼんやりとする。そんなときにレコードがゆっくり回るのを眺めていると、心の底から癒される。音がいいとかそういうことではなしに、ただその様子を眺めているだけで。

 今日は珍しく、これまで行ったことのないお店にも足を伸ばしてみたが、あいにく急な休みだったようで、中を覗くこともできなかった。何でも、ウ゛ィンテージ・オーディオと上質のオリジナル盤を集めたお店で、知る人ぞ知るという専門店なのだそうだ。そんなお店では私に買える盤はないかもしれないが、その空気に触れるだけでもと思っているので、次回また折をみて出かけてみよう。

 結局のところ、いつもの渋谷JAROに長居して、すっかり店長さんの仕事を邪魔してしまったが、普通のお客ならまだ仕事で来店できない時間帯だけに、私はレコードにまつわるいろいろなエピソードなどを伺うことができた。あれこれ迷ってやっとのこと、数枚のレコードを選ぶことができたが、それにしても欲しいタイトルが多すぎて困ってしまう。

 そんなレコードの中の1枚が、今日のタイトル、ジミー・ジョーンズ・トリオの54年にパリで録音されたもの。もちろん、オリジナルではなく、再発国内盤のトーインチである。私はこのタイトルが有名盤だとは全く知らなかったが、演奏曲が私の好きなものばかりであったので迷わず棚から抜きだした。Easy to loveやLittle girl blueが入っているだけでも大喜びなのに!

 そして、この 10インチという大きさが非常に危険だ。LPでもなくEPでもなく、この微妙な小ささがかわいらしく、ジャケを眺めているだけでも心浮かれてしまう。それはさておき、演奏の方は、評価が定まっているだけあって、安心して楽しめる内容である。災害に見舞われて不幸にも命を落とされた方々のご冥福をお祈りしつつ、心安らかに流したい1枚である。
レコードの話 | - | - | author : miss key
地震 ― jazz : live -- The Real Group
 私は元々地震の多い関西で育ったため、地震にそれほどアレルギーがあるわけではないが、さすがに昨夜の中越地震には驚いた。たまたま、知り合いの集まりに参加していたが、その会場は高層マンションの8Fということもあって、2度、3度と盛大に揺れた。

 参加者の中には実家が東北南部方面ということで、急ぎ携帯で連絡をとってはみたものの、通信回線が一杯なのかつながらず、余計に心配を掻き立てた。便利な携帯電話ではあるが、さすがにこういう緊急時の通信ボリュームまでは対応できないようだが、最近は人気のないPHSは回線が空いていて、東京と新潟が遠いのか近いのかわからない田舎の両親から連絡があった。家族とは本当に有難いものだ。

 私の田舎も、ここ数カ月のうちに比較的大きな地震や台風が相次いだ。年寄だけで暮らしているので、私も何かと気掛かりであったが、それ以上に家族で問題になっているのは、飼い犬の心身症である。

 彼は3歳の柴犬で、一人になることを極端に嫌う。貰われて来た頃から過保護にしたせいか、家族一人一人の挙動を常に見守り、彼をおいて買い物に出かけようなどとすると、もう大騒ぎである。それも歳とともに収まるのではと思っていたところに、この秋の連続台風と大きな地震。特に、今年の台風は雨の量もさることながら、暴風の勢いが例年にも増して強く、物音が凄まじかったようだ。

 うちの犬は元々大きな音が嫌いであり、風も嫌いとあって、親のいうには、心臓が破裂するのではないかと思う程にぶるぶると震えがとまらなかったらしい。台所の棚の隙間に隠れ、身を丸くしてひたすら音の止むのを―台風の過ぎ去るのを―待っていた犬。話を聞くだけでもかわいそうになり、なんとかならないものかと思うが、人でいうなら5歳ほどの知的レベルを持つとも言われる犬であっても、台風や地震がなんであるかを彼に説明するのは困難だ。

 彼は小さな体と心でひたすら恐怖が過ぎ去るのをじっと耐えたが、「後遺症」は重く、最近ではちょっとした物音に怯えるようになった。彼の心を癒すにはどうしたらいいのか。彼にとっても頼るべきは両親のみであり、最近では親達の枕元でしか眠らなくなった。私が今度帰省するときには、彼の好きなドライブを計画し、温泉にでも連れていこうかと思う。ストレスが過度に溜まったときは、人間も犬もやはり日常から離れて息抜きをすることが必要だろうし、家族と楽しく過ごすことで人間への信頼を強くし、心の中の安心を大きくしてやること、これぐらいしかできそうにないとも思えるからである。

 この人たちの音楽なら、彼も安らぎ、ぐっすり眠れるのではと思ったのが、リアル・グループの素晴らしいコーラス集だ。ライブアルバムだが、録音も素晴らしく、透明感に満ちている。一曲一曲、人の声の温かさが身に沁みて、自然に目を閉じて耳を傾ける。彼等同様、北欧のアーティストのCDはやや入手難なのが面倒だが、アマゾンやHMVで取り寄せも可能である。少し早いが、クリスマスパーティのBGMにもうってつけのアルバム。ぜひ一聴をお勧めしたい。
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ミルトの歌― Griff'n' bags -- Johnny Griffin
 例によって渋谷JAROへレコードを漁りに行ったら、見なれたジョニー・グリフィンの棚にこそっとささっていた2枚組のレコード。それが今日のBGM。

 アルバムに収められた全16曲は67年から69年にかけての録音で、ジョニー名義ではあるが、ピアノ&ドラムスがフランシー・ボランとケニー・クラークの二人ということで編まれたようだ。なかでも4曲はボランのオリジナル曲であり、クラーク・ボランの未発表ものを続けてリリースしているレーベルだからこそ実現した内容かもしれない。

 どの演奏も素晴らしいのは言うまでもないが、何が驚いたって、共演のミルト・ジャクソンがVibではなく、歌っているのである。しかもその曲は、I'm a fool to want you。Chetが晩年好んで歌ったナンバーでもあり、私個人の思い入れもあって、半端な歌じゃ納得できない―はずだったのが、一聴してすっかりミルトの歌唱に参ってしまった。

 歌が上手いというと少し違うかもしれない。だが、聴くと耳に残って離れることのない独特の声音と抑揚。歌心というとあまりにも単純だが、他にもっといい表現が見当たらないのがもどかしい程だ。

 他にもっと歌っているものはないかと、当のJAROのご主人にも尋ねてみたが、歌だけのものはヨーロッパでリリースされたSingsというアルバムのみとか。かなりレアで高値ということだった。いや、それでも、無理を承知で、一度でいいから聴いてみたい。思わず渇望!のミルトの歌。

 こういう出会いがあるから、レコード漁りは止められない。ミルト・ジャクソンというと、ジャンゴしか思い付かないようなミーハーな私だからこそ、これからもいろいろ「手を出して」みて、感動体験を重ねていきたいと思う。またレコード漁りも、女性ファンがもっと増えないかなあとしみじみ感じる今日この頃である。
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きりがない ― Brasil Meu pais musical -- Karolina Vucidolac
 いきなり、きりがないなどというと何ごとかと思われるだろうが、最近とみに、物事はすべからく上を見たらきりがないなあと感じている。というのも、例えば、オーディオ一つとってみても、本当にきりがないのである。音はいくらでもよくなる、と言わないまでも、お金をかけただけのことはあるなというレベルにはなる。

 しかし、注ぎ込んだお金が増えるほど、限界効用逓減の法則が効いて、お金をかけた程にはレベルアップしなくなる。いわば、その僅かな差にこだわることができるかどうか。オーディオはまさにそこの部分を問われる厄介な趣味だと思う。

 先日も、新品ではとても買えない高価な機器を中古で手に入れるチャンスが巡って来たのだが、見送ってしまった。中古とはいえ結構な金額であり、そんな無理をできるほど余裕がないということもあるが、やっぱり「きりがないなあ」とつくづく感じたのである。

 一方で、機器の持つ性能を発揮できるよう良いコンディションを保ちながら使い続けるには、それなりのコストが必要であり、将来に向かって計算してみると、自分の経済力では、これが限界かなあという線が自ずと見えてしまう。

 自分の趣味に、経済計算をどっかりと据えるのはせっかくの楽しみを削ぐようで嫌なのだが、それはそれで必要だろうと思う。キリギリスは夏を謳歌しても冬を越せないのだから―今年の猛暑を越して秋風がかえって身にしみる私の実感である。

 湿っぽい話はこのくらいにして、美人ボーカルで気分もすっきりと行こう。カロリーナ・ウ゛チドラックはスウェーデンの歌姫。北欧なのになぜかブラジリアンミュージック一筋だそうで、日本でも話題のchieさんのようなアーティストなのだろうか。アルバム構成も、バラードからファンキーなものまでいろいろ取り混ぜての12曲で、あっという間に1枚を聴ききってしまう。彼女の歌は、好き嫌いがはっきりしそうだが、何よりお勧めはバックの演奏。なんと端切れの良い心地よさ、これぞボサノバの和み。金曜の夜というよりは、土曜の朝、起き抜けに聴きながら、気持ち良く洗濯物でも干したくなる―そんな気分にさせるお勧めの1枚である。
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不思議なひととき― Greatest Hits Live -- Boz Scaggs
 今日は実にいろんなことがあった。昔、旅先で買った琥珀のペンダントを付けてセミナーに出かけたが、夕方、ふと気が付くとあるはずの胸には何も見えない。安物のチェーンだからどこかにちぎれて落ちたのだろうと諦めは早かったが、家に帰って着替えてみると、下着の間に挟まって出て来た(笑)。なんだか「儲かった」気分? いや少しだけ運に感謝。

 昨夜、ネットで見つけたChetのライブ盤(Chet in Nice)。でも海外発送はしていなくて、相手方にメールで交渉してみたら、OKの返事が。慌てて購入申し込みをしたら、入れ代わりにそのCDは既に売れてしまって、So sorryとのメールが届く。残念、と思いつつ、またチャンスは巡るだろうからとお礼のメールをしたら、そのフロリダはマイアミにあるという店の担当者は、ほっとしたのか、2行ほどのメールをいくつか寄越してきた。わざわざ日本からChetのCDを探している女性がいるというのが面白いらしい。

 結局、その彼とはわずか30分ほどの間に10通近くメールをやり取りした。何ということはない、1枚のCDが買えなかったという縁で、和みのひととき。先方も同じような気持ちでいたのか、お金はすべてじゃないよ、体に気をつけて!という数行の英語が心にしみた。私はこの歳になるまで英語をまともに勉強したことはなかったが、少しはやってみようかとも思う。動かぬこと岩の如し、の私の英語嫌いが、ひょっとして治るのか、どうか(笑)。

 和みついでに流したのは、買ったばかりのボズのライブ盤。私は彼の若い頃の歌をあまり好きではなかったが、1、2年前に出た彼のジャズのスタンダードナンバー集を聴いて独特の艶っぽい声にすっかり魅了された一人である。2枚組で全16曲、それも単なるヒット曲集に終わらない、充実した歌と演奏をまずお聴きあれ!声量など、若い頃と比べて落ちる部分もあるのだろうが、それよりは円熟の為せる技に軍配をあげたい。それにしてもこのまろやかな声。休み明けのお疲れモードにぴったりのBGM、今ならタワレコ等で試聴盤も出ているので、ぜひお試しいただきたい話題のアルバムである。
pop & rock | - | - | author : miss key
惰眠の休日も ―Все Так и Было -- Валерий Меладзе
 せっかくの三連休だったが、とにかく眠る、眠る、眠る。惰眠というと言葉が悪いが、この3日間は体が要求するだけ睡眠をとった。不思議と、もう眠れないという感覚はなく、目を閉じれば何もかも忘れて夢すら見ずにただ深く眠りの世界に落ちる。

 おかげで、台風も質の悪い風邪も何処かにいってしまい、私の頭のなかも随分とすっきりした。眠りは、ただ体を休めるだけでなく、ごちゃごちゃと頭に残っている事柄をよく整理してくれる。忘れてしまうのではなくて、きちんと整理されるというところがミソだ。優先順位がついているから、起きだしてからは、思い出した順にやっていれば、大抵問題はない。人の頭というのはよくできているものだと今さらながらに思う。

 ぼんやりした頭で選んだ音楽は、ミラーゼの一つ前のオリジナルアルバム、フショー・ターク・イ・ブイラ。99年にリリースされたこの作品以来、最近のニェーガまで4年ほど開いてしまった計算になるが、自分のキャラクターを損なわずにロシアンポップスの新たな潮流にうまく乗れるような路線を見い出すにはこのくらいの時間が必要だったのかも知れない。

 今日の1枚では、いかにもミラーゼらしく、いい歌を丁寧に歌うというエストラードナヤの代表選手の歌唱が楽しめる。歌詞もラブソングや人々の気持ちを明るくさせる未来への思いを込めたものが中心だ。ミレニアムという区切りに人々は各々に思いを抱いたが、これまでのロシアンポップスと異なるアレンジの趣向から、改めて聴いてみてその言わんとするところに納得させられる。

 気が付けばもう10月も半ば。東京の秋は短い。私自身もうまく気持ちを切り替えて、せっかくの良い季節を楽しみたいと思う。思わず窓を開けて外の空気を入れたくなる、そんな気持ちにさせるミラーゼのアルバム。時に流されがちな今だからこそ手元におきたい1枚である。
pop & rock (russian and other slavic) | - | - | author : miss key
深夜のタクシー ― Isn't it romantic? -- Gianni Basso & Renato Sellani
 ここ数日、続けてタクシー帰りになった。呑んだくれていた訳ではない。私は大のタクシー嫌いのため、これまではどんなに遅くなろうとも終電では帰るようにしていた。それが連続でのタクシー帰り。おまけに金曜の夜は台風マーゴン(台風には名前が付けられていることを初めて知った!)の影響で土砂降り。

 タクシー乗り場に、もうタクシーは居ないのではという同僚の心配もあったが、何とタクシーは5台も客を待ち構えていた。我が社のビルに灯がともるうちはタクシーがきれないと聞いてはいたが、深夜というか朝の4時である。タクシーがなければ、ホテルのラウンジで夜明かしし、始発で帰ろうという腹づもりはあったから、少し考えたが、体が鉛のように重く、私はとにかく自宅のベッドに横になることしか頭になかったので、滑り込むようにタクシーへ乗り込んだ。

 タクシー帰り初日の運転手の方は、年齢も若く、物腰のやわらかな男性だった。疲れきった私の顔を見てか、揺れの非常に少ない運転で、わずか40分弱ながら私は仮眠をとりつつ帰宅することができた。昨日というか今日の朝などは、いかにもタクシー常務歴**年といったご年配の方だったが、おしゃべりが好きのようで、日頃の業務で乗せた客、特に芸能人の話題を楽し気に話してくれた。私はおしゃべりよりも仮眠を欲していたが、そのドライバー氏によると、福山雅治さんは、テレビ以上に好青年で、九州訛の残る穏やかな語り口が、今時は絶滅したかと思われる若者らしさがあって、ファンになったとのことであった。

 雨に滲む夜の灯りの中で、タクシーを極度に嫌っていた私も、これはこれで結構面白いものだと思った。懐かしいのは、車載のラジオから流れる温かな音。オーディオ的に言えば、解像度もへったくれもない音なんだろうが、耳に優しく、気分を和らげてくれる。深夜放送なんて久しぶりに聴いたが、たまには聴いてみるのもいいなあと思った。いや、車の中だからいいなあと思ったのかもしれないが・・・。

 朝帰りの部屋にBGMも何もないが、なかなか眠ろうとしない頭を休めるには、ジャンニの優しい音色が一番。このアルバムにはスタンダードナンバーの中でも特にジャンニの演奏にぴったりなスローバラードが 12曲も収められている。2曲目のエンブレイサブル・ユーを聴きながら、深く深く溜息をつく。こんなにしてまで働くのはバカバカしいと思いつつ、同僚達に迷惑はかけられないので、惰性でもって何とかここまで続けている。疲れきった彼等のまくらもとにもそっと届けてあげたいアルバム。ごく小音量で楽しんでいただきたいとっておきの1枚である。
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香りを楽しむ―Easy Living -- Enrico Rava
 ストレスというものは、適度な量なら生活のスパイスになるが、溜めると厄介なので早めに始末するというのがセオリーのようだ。あるメーカーによれば、 OLさんの多くは、入浴をリラクゼーションの場として大切にしており、特に、シャンプーの際は、洗い上がりはさることながら、その香りを重視しているという。つまり、洗髪は必要にかられてする、単なる面倒ごとではなくて、香りを楽しむひとときと考える人が多いということらしい。

 なるほど、と思い、私も早速ハーブをベースにしたシャンプーに替えてみた。そして、ボディソープも固形で香りが異なるものをいくつか用意し、それに加えて液体のソープも使っている。洗剤を頻繁に替えるのは、肌にはよくないのだろうが、それでも気分によって好きに選べる状態にしてみると、面倒な入浴がそこそこ楽しくなる。

 では、音楽はというと、あまり「向き合う」ことを要求される作品だとかえってしんどいこともあるので、残業帰りの今晩は、エンリコ・ラバのイージー・リビングを選んだ。ECM独特の、透明感があって、でもメロディが頭に残りにくい曲が多い、いかにも環境音楽的に流して楽しむような雰囲気のアルバムである。この曲が好き!というようなものがない代わりに、小さな音で空間を和らげるのにはもってこい。風呂上がりの残り香を楽しみつつ、ぼんやりと物思いに耽りたい、そんな気分にぴったりの1枚。今夜もぐっすり眠れそうである。
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ロクという名の犬― I just wanted to hear the words -- Danny Aiello
 近所にロクという名の、もう随分と年寄りの犬がいる。主は町工場の経営者で、その家にはもう1匹いるのだが、どうやら親娘らしい。道理で姿形もよく似ているし、動作もまるで似ているからおもしろい。もちろんロクはお母さん犬の方で、昼間は開けっ放された作業場からほとんど車の通らない道路へとぼとぼと歩き出て来たりする。

 その歩く早さがものすごくゆっくりで、私は彼女と顔を合わせる度に、せかせかと余裕のない自分の生活にハッとさせられる。別に5分を争って部屋に戻る必要等なく、駅からの道にも街並を見る余裕さえ失っている自分に。

 昨夜は、奥さんがロクを夜の散歩に連れ出していた。彼女はものすごくゆっくりと、しかも近所にしか出歩けないので繋がれる必要はないが、逆に、たまに通行する車などを避けきれないので、介添え人が要るのだ。顔も見なれたご近所人が通る度に、2、30m前方からこちらを目指してとことこ歩み寄る彼女。手の匂いをフンフンと嗅ぐのが挨拶で、用が済むとまた家族のところへ戻って行く。

 「おとなしいわんちゃんですね」と声をかけたら、その奥さんは「もう耳はほとんど聴こえてないようなんですよ。でも目はまだ見えるみたいで」。私は人各々にある足音で彼女は人を判別していたとばかり思ったので、驚いた。結構遠くから、こちらにゆっくりと寄ってくることもあって、耳だけは当然良いと思っていたからである。

 夜遅い私の「お出迎え」を、いったいいつまでしてもらえるのかはわからないが、少なくとも彼女は温かい家族の介護で今年の猛暑を無事に乗り切った。毛づやもそれなりにあって、瞳も黒く澄んでいる。高齢化は人間だけの話ではなくなっているが、彼女の姿を見て長く生きることの幸せを垣間みる思いだ。人でいうと、もう90を遥かに越える彼女。生きることの先輩には、人も犬もないと思う。

 ほのぼのとした気持ちでマンションのドアを開けると、部屋には滞留した空気の匂いがする。窓を全部開け放ってとりあえずは換気。そして今日の1枚は熟年系男性ボーカルのダニー・アイエロを選んだ。上品なクラブかなにかでしっとりと演奏されるBGMのイメージというと、それほど外れていないだろう。歌い手を引き立てるおしゃれなオケ演奏をバックに、肩ひじ張らずに余裕たっぷりに歌い上げるダニー。

 アルバムはこれ1枚?と思ったら、実は彼の本業は俳優。長い俳優歴を経て歌手デビューというと、あのスティーブ・タイレルを思い浮かべるが、人を楽しませ酔わせてくれるという意味では同じ土俵の職業なのかも知れない。なるほどと思わせる歌心。流石に彼の年齢では迫力ある声量を望めない代わりに、若いイケメンボーカルには真似のできない何かがある。

 このアルバムはオールオブミーやベサメ・ムーチョなど、スタンダードを中心に14曲から編まれており、聴いていて無意識に和む自分に気が付くハートフルな作品に仕上がっている。また、私は店頭でのジャケ買いだったが、AMAZONの方が値段も安くてお得だ。

 今週は随分といろいろなことがあり、とても長く感じられた。一週間分の荷物を肩から降ろして普段の自分に戻る時間。そんなひとときのBGMにぴったりのアルバム、お疲れOL同志にお勧めしたい1枚である。
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