音の快楽的日常

音、音楽と徒然の日々
暦の愉しみ − Jane Child -- Jane Child
 年も改まって1か月が経とうとしているのに、今年はどういう訳か新しいカレンダーを用意するのをすっかり忘れており、気が付くとまるで曜日感覚のない毎日を過ごしていた。毎年決まってJRAのカレンダー(通常版と非売品バージョン)が2つと壁は馬だらけの部屋であったが、せっかくだから気分を替える意味でも、絵柄の美しい海外のカレンダーをAmazonで注文した。

 カタログを見てみると、随分といろいろな種類のカレンダーがこれでもかというほど揃っていて、つい目移りする。ちなみに日本のカレンダーは、かつてロシア旅行の際には人気のお土産として欠かせなかったが、今時はどうなんだろうか。

 画面を見ていると、1つだけを選ぶのは難しくて、結局2つも買ってしまった。1つは、flog、要するにカエルの写真が美しいネイチャー系。もう一つは、もともと前から欲しかったスタートレック(TOS)のもの。スターシップや新シリーズのキャラがガンガン出てくるものではなくて、カークやDr.マッコイ、スポック、そしてスールーが登場する、オリジナルシリーズファンのトレッキーにはまさに必須アイテムである。

 さて、届いてみて、購入する前にすっかり忘れていたことが一つ。海外のカレンダーだから、日本の祝日がまるでわからない!パラパラ見てみると、ワシントンの誕生日、とか、すっかり米国仕様になっている。これでは暦の役割が半減(笑)。うーんと5分程腕組みして思案したが、せっかく図案が美しいのでそのまま壁にかけることにした。

 暦と言えば、日本ハリストス教会が発行している正教会の日めくりは、旧字体で印刷された「今日の説教」が大変ありがたいもので、毎日1枚ずつ読むと、ロシア語の勉強にもなるという優れものである。今も売られているかどうかはわからないが・・・。

 今年はどういう訳か新年会が多く、昨日のホームパーティでようやくラストを迎えることができた。普段はアルコールをかなり控えているが、せっかくのご挨拶の機会なので、飲みたいだけ飲んだとは言わないまでも、結構美味しくいただいたら、先日かかりつけの医者に雷を落とされたので、以降、当分は大人しくしようと思っている。幸い、2月はまだ飲酒の予定はなし。やはり暦に予定を入れるのは、「自覚」を求める意味でも重要だと再確認した(笑)。

 よもやま話はその辺にして、今日は懐かしい1枚をセレクト。今はどうしているのか、当時すごく話題になったアーティスト、ジェーン・チャイルドのデビュー盤である。曲はもちろん、音の作り込みまで全部ジェーン独りで手掛けてあり、音の重厚な感じが、彼女の華奢な体つきと随分かけ離れていて驚いた。このアルバムがリリースされた89年というと私にとっては大学最後の年で、とりあえず雇ってくれそうなところを片っ端から受験しつつ、物思いに耽る日々だった。そうでなければ、手当りしだいに読書に溺れていたから、今思えば随分と古臭い大学生活だったんだなと思う。

 それにしてもあと1日を残して2月に突入。新しい2つのカレンダーの1月はたった二日しか見ることができなかったが、如何にも私らしい滑り出し。新年会も一通り終わったことなので、そろそろエンジンをかけていこう。そんな気合いの入れ直しをするには、まさにうってつけのジェーンの音楽。私のようなスロー・スターターにお勧めしたい(笑)。
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ボーリング大会で入賞する − Greatest hits 1970-2002 -- Elton John
 とんでもないことが起こった。職場のボーリング大会で何と私は入賞し、賞品まで頂いた(念のため言うが、ブービーではない)。こんなことは、かつてはもちろん無かったし、これからも、多分、もうない。何故そんなことが言いきれるかというと、それは私が酷い運動音痴だからである。

 入賞したことを話せば(それが多分にまぐれの要素が持たらしたものだとしても)、おそらく誰よりも両親が一番喜ぶだろう。二人がどんなときに喜ぶかって、例えば学校の成績がどれだけ良くても褒めることもなければ、音楽のコンクールで盾を頂くような評価を受けても、だからどうなんだというような感じで、親の喜ぶ顔を見たいと娘が思うときのその胸苦しさは如何ともし難かった。その一方で、運動会でビリケツになったとしても「がんばったね」と心からの言葉をかけてくれる。私の両親とは、そういう人である。

 そんな少々複雑な両親の心境は、私が生まれてきた時の事情によるものだ。股関節脱臼で生まれた私だが、運悪く、それを生まれた直後の診察で見つけることができなかった。普通の子どもなら既に掴まり立ちして歩く時期になってもじっと座ったままでいるか、そうでなければ腕の力で重たい体をひきずって這うだけの状態に親が疑問を持ち、大きな病院に行って初めて両足が外れたままだということが分かったそうだ。

 要するに必要な手当てが遅れ、当時の担当医からは「将来普通に歩けない可能性もあります」と覚悟するように言われたという。このことも含め、病気のことを母から聞かされたのはかなり大きくなってからで、それは、歪んだ足と病気のせいにして「みんなと同じようにできるようにがんばってみよう」とする子どもの気持ちを削ぐのではないかと危惧したからのようだ。

 現在の私は、パッと見はごく普通に歩けるし、走ったりもできる。それは、2年もの間、毎日遠い病院までリハビリに通い、治療を長く続けてくれた母のおかげである。私の運動音痴はもともとの運動嫌いもあってどうしようもなく、その病気のせいだけではもちろんないが、他所の子どものように元気に飛んだり跳ねたりという遊びができないということで、私が本の虫になったりするのを何故両親が「嫌った」のか、それこそ20歳を過ぎてから私は理解し、「何をやっても褒めてもらえない」という喉の閊えをとることができた。そのときの心持ちを今でも昨日のことのように覚えている。

 両親と離れて暮らすようになってそろそろ20年近く経つ。両親の私への思いは、離れてみて初めて分かったことも多く、そのことでかえって自分の考えを上手く伝えられるようになった。親子のコミュニケーションは今の世の中、様々な場面で問題になっているが、表面的な親子関係を維持することよりも、その関係の不安定な中で衝突もし、或は歩みよりもするというコミュニケーションの有り様に、何かの解決のきっかけがないかと私は考えている。

 エルトン・ジョンという人の名前を知ったのは随分後になってからのことだが、曲はラジオでよく流れていたせいか、知っているものが多い。今日のアルバムは彼のベスト盤で、70年から02年までのヒット曲がちりばめられている。どの曲と選べない程好きな曲が何曲もあって、それがこの2枚組をざっと流すだけで聴けるという手軽さも良い。付録のブックレットも充実していて、私のように後追い的にアーティストとしての彼を理解するためのよい助けとなってくれる。

 蛇足ながら、このアルバムには数バージョンあって、ボーナストラック盤がついて3枚組になったものも複数あれば(つまりボーナスの内容が微妙に違っていたりする)、本編の収録曲でも別テイクのものが入っていたりと複雑である。価格差も結構あるので、いずれを選ぶかは迷いどころだが、私はシンプルに一番安い2枚組34曲入りの輸入盤にした。今夜は気分が良いので、最もお気に入りの中の1曲、Can you feel the love tonight?を流しながらベッドに潜ろう。一生のうち、こんなことがあってもいいよね?そんな思いを肯定してくれるようなEltonの歌だから・・・。
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ビニール・ジャンキーズ ― 7000 над землей -- Сюткин и Ко
 「ビニール・ジャンキーズ」という本があるから読んでみて―私はまだ、レコードを「集める」には至っていないけれど、Junkiesという響きに惹かれて、翌日には書店に並ぶその本を手にしていた。

 私は一時期、駄物と呼び捨てられる中古カメラをそれこそ熱心に集めていて、ジャンキーと呼ばれたりもした。でもその響きにはあまり悪いイメージがなくて、むしろそう私を呼ぶ者の、同類項に投げかけるささやかな愛情など感じたりして、思わずほくそ笑んだりしたものだ。「ビニール・ジャンキーズ」を数頁読み進めただけで、今となってはあの懐かしい感覚が古びた電球に急にあかりが灯ったように胸一杯広がって、もうそれだけで「この本」を買った価値は十分と思えた。

 念のため―本そのものは、他意なく楽しめるものだ。私は、この本に出てくる有名コレクターはおろか、次から次へと出てくるバンドのほとんどを知らないのに、それでも、立ち読みする電車の中で笑いが漏れるのを堪えるのが辛かった。その点、役が分からなくても「麻雀放浪記」は面白いというのとおんなじようなものかも知れないが、私がもし麻雀を知っていれば阿佐田哲也の作品に悶絶したかも知れないのと同じ位、本に出てくるバンドや人物を知っていれば、その深いオチに反応できただろう。そう思うと、もっと面白いはずの本を十分に堪能できていないことに、ちょっと悔しかったりもする。

 私自身、モノを溜めやすい方だが、残念ながらコレクターと呼ばれる程徹底して蒐集に勤しめるだけの気持ちの集中が続かない。それでも、モノへの執着もある脈絡をもって語られると、その人の人柄や人生観が透けて見えるようで、何よりそのことが面白かったりする。さっきまで全く知らない人のことなのに、急に身近に思えてきたりするから不思議なものだ。

 ハマると抜けられないと分かっていて深い沼に足を踏み入れるのは、ある種の自虐的行為なのかも知れないが、人間にはそれができる人とできない人の二種類がいて、私は明らかに前者である。アナログレコードに関しては、私の症状はまだまだ軽傷で、病と呼べるほどのものではないが、不器用な手付きでレコードを取り出し、傷つけないようにそっとへりを挟むようにしてレコードを眺めたときの恍惚感は、明らかにその円盤が奏でるであろう音楽への憧れや期待感とは全く別のものである。「ビニール・ジャンキーズ」に目を通して、そのことを期せずして自覚させられた私の複雑な思いを、一体誰が理解してくれるだろう。

 本読みの寝不足は仕方ないが、このままでは気持ちのやり場がないので、全然気分にはマッチしないが楽しい1枚をセレクト。スュートキン&カンパーニアのオンエアライブ、95年の録音である。当時のヒット曲のオンパレードで、ミニベスト盤的な選曲になっているが、演奏そのものはとてもリラックスしていて、彼等の魅力を存分に味わえる。

 残念ながら、このタイトルは廃盤になって長いので、このCDを探そうとするとそれこそ音楽ルイノクでジャンキーな日々を送ることになってしまう(笑)。まあ、それはそれとして、それこそ私にとっては胸中のモヤモヤを心地よい疲労感に変えてくれる、リセットボタンのようなアルバムである。機会があればぜひお聴き頂きたい。
レコードの話 | - | - | author : miss key
もしも絵が描けたなら ― Ricochet -- Tangerine Dream
 絵が上手に描けたらいいなと思ったことは、それこそ無数にあって、写真を撮るようになる以前は、小さなスケッチブックと鉛筆を必ずもって旅行に出かけたものだった。中学や高校での選択科目も、音楽なら楽勝なのにわざわざ不得意な美術を選んだりした。

 最近、蟻の本に夢中になっているが、ページを繰る度に溜息が漏れるのは、著者である研究者によるスケッチ画が精緻で素晴らしい作品に仕上がっていることだ。研究の都合上、正確に記すことに慣れてはいるのだろうが、下手な走査線顕微鏡写真より、ずっと迫るものがある。そういえば、アンリ・ファーブルも、多くのスケッチと水彩画を残しているが、今となっては、作品群の散逸が実に惜しまれる。彼の絵をもっと多くの方に見てもらいたいが、昆虫記ばかりが注目される日本にあっては、彼の作品を見る機会に恵まれず、非常に残念である。

 写真が絵より簡単だとは決して思ってはいないのだが、絵柄の捕らえ方に根本的な違いがあるようで、私の周りには絵は苦手でも写真は多くの人を魅了するものを持っているというような方も結構いて、興味深い。絵のように線や面で構築する(描く)のではなく、写真は基本的に光をどう捕らえるかということと私なりに理解をしているが、私の写真を見て「構図のつくりかたはどうされていますか」などと質問される方がいて、そんな時はたちまち答えに窮してしまう。なぜなら、構図については、水平出し以外は何も考えていないに等しいからである。もっとも、私にとっては、その最低限の水平ですら、事故の後遺症が元で難しいので、方眼マットという特殊なものを使ってズルしているので、大きなことは言えない(笑)。

 絵がうまく描けたなら―それは技量の問題ではなくて、頭や心の中に浮かんだものをどう表現するかという意味で ―、何枚もの紙に描き付けたいのだが、そううまくもいかないし、ついこうやって字面でなんとかしようとじたばたしている、それが実際のところである。それでもやっぱり、絵が描けたらいいなあと、あてもなく思い巡らしたりしている。

 アンビエント、という表現は当時なかったように思うが、最近、記憶を掘り起こして聴いているものの中に、タンジェリン・ドリームというグループがある。シンセサイザーを使った音楽としては、初期の頃のものになると思うが、クラフトワークのように記憶に残りやすいフレーズというのはあまりなくて、独特の根深さを感じさせる曲が多い。

 当時彼らの音楽を聴いたクロスオーバーイレブンのように、物語と音楽が融合して目の前にバーチャルな絵が浮かび上がるような、そんなものが描けないかと思ったりもする。何となくおどろおどろしいのに、どこか生命の息吹きを感じたりもするのは、彼等の音世界が水のイメージにつながっているからだろうか? お気に入りの写真集を眺めながら小音量で楽しみたいBGMである。
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脱帽の若駒S ― Difficult to Cure-- Rainbow
 明日の日曜はあいにくの天気だというので、今日は久しぶりに一眼レフをぶら下げて街に出た。新宿は相変わらずの混雑で、特に写したいという欲求も沸かず、結局いつもの肥後ラーメンを頂いたあとは、レコード店を巡回して歩くというありきたりな散歩になってしまった。

 その途中、出がけにビデオ録画の予約を忘れていたことに気が付いた。ここしばらく競馬からも遠ざかっていたのだが、今日の1頭、ディープインパクトが第2戦に選んだ若駒Sは何が何でも見なくてはならなかった。中山なら当然見に行ったところが、京都なのでテレビ観戦止むなしなのだから、こうなればウインズに行くしかない(笑)。

 ウインズには各々客層に特徴があって、新宿のようなのは、女性の一人客に最も向かないタイプのウインズだと思う。でもそういうことは言っていられない。時計を見ると、発走時間まであとわずか。周囲の人に怪訝な顔をされつつ、モニターの前にようやく陣取ったのが5分前。パドックや返し馬はとうとう見損ねてしまった。嗚呼、何と残念なことか!

 ディープインパクトの全兄は、志半ばにして故障に泣いたブラックタイドで、半姉レディブロンドは父がシーキングザゴールドながら、遅いデビューをものともせず5連勝した女傑であり、その血統背景もあって、前評判は十分に高かった。しかしそれはサンデーサイレンスの牡馬なら、当然背負ってしかるべき期待という程度。それが・・・。

 競馬を見たことのない方には一体何のことかと思われるだろうが、ディープインパクトという馬は、人の気持ちをそれほどまでに逸らせるだけの魅力と可能性を持ったサラブレッドだ。彼はまだ今日が2戦目。そのデビュー戦が、まさに桁違いであった。

 ディープインパクトは、鞍上の指示が出るまでじっくり脚を貯め、ひっかかることもない。ゴーサインが出てからの加速は、スパっと切れるというよりは重量感たっぷりにぐーんと伸びて、それこそアメリカの高級車が高速をゆったり流すような感じで後続は見る見るうちに離れて行く。初戦は、まさにゴール前100m から(勝ち馬がまだ決まってもいないのに)観戦していたファンから拍手が沸き起こったほどで、その破壊力はすさまじい。新馬離れした勝ち方をする馬は年に何頭か出はしても、見る人に「参りました」と黙って頭を垂れさせるほどのレースは、10年のうち一体いくつあるだろうか。

 そんなディープインパクトだから、兄もたどった若駒Sを、一体どんな勝ち方をするのか、どうしても自分の目で見たかった。そして私は、モニターの向こうに一頭だけ次元の違う馬が走っているのを見届けることができた。彼という馬に感じる驚異は、いったい目一杯走ったらどんなことになるのだろうと思わせる底無しの可能性そのものであり、無事にさえ行けば・・・まさにその一言に尽きる。

 素晴らしい馬のレースは、逆に言えばいつそれが最後になるかわからないので―能力が図抜けて素晴らしければ素晴らしいほど、故障や大きな事故に見舞われる可能性も大きくなるから―かつてのサイレンススズカのように―、しっかりと自分の両の眼に焼きつけておきたいと思う。感動と悲劇が下手をすると隣合っているのがわかっていながら・・・馬好きの哀しい性だろうか。

 そんな脱帽感とシンクロするわけではないが、タイトル「治療不可」が妙に面白いレインボーの1枚から”I Surrender”を聴く。この曲は、私が自宅浪人の最中に先輩から呼び出されて、急きょバンドのメンバーに仕立てられ、「アイサレーンダアッ!」と歌う後ろでピアノのブロックを被せるというのをやったので、個人的にものすごく印象に残る1曲だ。

 学祭のステージの予選会とかで、もともと準備もいい加減だったのだろうが、前日にいきなりカセットテープを渡されてコピーした。なんでもそのバンマスが言うに、「ここのところで、ピアノがチャチャチャチャ!と入ってないと、雰囲気が出んのや〜」と。確かにポップで分かりやすいアレンジなので、この曲のコピーというとそこの部分が印象に残りやすいかなとは思ったが、肝心のボーカルは本物みたいに迫力ある感じじゃなくて、敢え無く本戦出場「不可」となったのは残念であった。

 そんなことをつらつらと思い出したので、アマゾンから取り寄せたCDだが、このジャケットが何とも振るっていて(人によっては悪趣味と映るだろうが)、手術衣を着た7人の医師がずらっと白い巨塔風に並んでいて、なんだかおっかしいのである(笑)。この「皆様」がジャケ用のモデルなのかバンドのメンバーなのかは私には分からないが、今日行った店にはこのアルバムのLPもあって、どうせならジャケットを楽しめるLPにすれば良かったとさえ思った程、すっかり気にいってしまった。ジャズのアルバムにはまず見ることのないセンスであり、たまにはジャンルを越えてあれこれ聴くのも楽しいなあと思うことしきり。夜寝る前に聴くようなBGMではないが、たまにはこんなのもどうですかという1枚である。
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染色体を見る ― Лондон Париж -- Иракли
 ある科学教室に参加したときのこと。この講座自体は高校生向きに企画されていて、簡単な座学と実験が1セット1日にまとまっている、とても有意義なものだ。「この目で見よう、ヒトゲノム」と題された講座は、もともと少人数を予定していたが、当日参加した生徒は5人。そこで、取材に来ていた私も急きょ、参加を許された。

 なにしろ、理科の実験など20年以上ご無沙汰の私である。休日の取材で気が重かったのが、俄然やる気満点、お気楽なものである。午前中の講義を聴きつつ、遠い記憶を辿ると、それなりに覚えていたりするから驚きだ。当時、私は物理と化学を選択し、生物はとれなかったが、それは一番選択者の多い物理と化学の組みあわせのクラスに放り込まれたからだ。化学/生物の組み合わせはあっても、物理と生物を選択する人は恐ろしく少なかった。ここで生物を履修していれば別の人生もあったかも知れない。

 午後の実験は、何しろ面白かった。見なれない器具を手にして、気持ちは10代に戻っている。講師がやってみせるのをよくみながら、手元の怪しくなりそうなのを何とかしつつ、プレパラートに細胞の中身を貼付けることができた。残念なのは、これは自分の細胞ではなく、研究用に培養しているヒトのリンパ球であること。あとから聞けば、企画当時はそれを考えたが、さすがに子ども達を傷つけてまで実験に及ぶのは好ましくないし、大体、血液の採取は医療的行為で資格が要るので諦めたとのこと。
 
 そういえば、かなり前に、自分の心臓の音を聞くという装置に入って、我が心音を体験したが―これは胎児の疑似体験ということだったと思う―、気分が悪くなり、途中で外に出してもらったようなことがあった。これと同じで、自分の細胞を覗くなんて、それこそ気分が悪くなったかも知れない。

 見えた細胞は、プレパラート作成がうまくいかなくて、染色体が対になって見ることはできなかったが、他の人の作例を見せてもらうと、これが絵に描いたような染色体の対が見えて、生々しかった。ついでに言えば、こうして細胞を覗いてみると、ヒトもばい菌も大して変わらない。思ったままに口にする性格なので、端の迷惑顧みず独りごとを言っていると、講師から「おっしゃるとおりです!」とお褒めの言葉をいただいた(笑)。ヒトゲノムとハエか何かのゲノムが大差ないような報道がちょっと前にあったかと思うが、人間が考えているほど、様々な生物との間に「差」はないように私は思う。或は、ヒト流「思い込み」ができるということが、人間として生きる際の一つの救いではないか。

 終わりの時間があっという間にやってきて、楽しかった理科実験はお開きとなった。最近はプライバシーの問題で取材も神経を使うようになったが、講師やスタッフの方々とも打ち解け、とても充実した1日を送ることができた。何しろ、ヒトの染色体を一緒に覗いたのだから、気心が知れるというものである。できれば、実験後のアルコール消毒といきたかったが、各々に予定があり、実現はかなわなかった。それはともかくとして、取材者という疎ましい存在である私に飛び入りを許してくださった皆様に心から感謝申し上げたい。

 最後に今日のBGMを。今年思いっきり流行った曲を3曲挙げてといわれれば、イラークリのロンドン・パリーシュは外せないだろう。何しろ、ラジオにコンピレーションに、とにかく耳にする機会が多かった。だが、肝心のアーティストについては情報がなくて、最初はSmash!のような男性デュオかと想像していたが、ユニットではなく単独の歌手だった。

 ヒット曲をタイトルにしたファーストアルバムは、ロンドン〜が当たり過ぎて、ちょっと荷が重かったかなという気がしないでもない。エストラードナヤばりばりのノリはロンドンだけで、他はクラブ系の軽い打ち込み。ロンドン調なら純愛に飢える日本のリスナーにも受けるかなと思っていたのに、ちょっと方向違いのようだった。そうはいっても、最近のロシアンポップスはデビュー盤にかなり力を入れる傾向にあり、今日のアルバムも一聴の価値あり。旬の1枚である。
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温泉に行きたい ― Базара нет -- Лесоповал
 一時期、月に2度は東北方面の温泉に出かけていた頃がある。温泉通いは学生時代からのもので、治療目的で玉川温泉に滞在したことがきっかけで、それこそ暇とお金さえあれば、折からの秘湯ブームもあって、あちこちに足を伸ばしていた。

 厄介なのは、女性の一人客は旅館から嫌われたので、旅程をたてるのに余計な労力がかかることだ。経験上、最も大変だったのは九州と山陰地方の温泉町で、今思えば若い時にまわっておいてよかったと思う。今時は、昔ほどでもないのだろうが、まあ歓迎されることはないだろう。

 地図を見ながら、どこそこは良かったとかいろいろ思い出してみると、どうしてももう一度行きたいところというのがあって、例えば岩手の国見温泉などはその代表選手である。独特の緑色の湯が印象深く、また私は露天風呂で手にすくえる大量のやわらかな湯の花をつかみながら、秋風に涼むという贅沢な時間を過ごした。夏のハイシーズンだと、広い湯を独占できなかっただろうから、多少季節は外れても、繁忙期を避けるのが正解だと思う。

 想い出深い温泉郷がもう一つ。熊本巡りを1週間近くかけてしたときに訪れた杖立温泉郷。ここは人の紹介を得て宿泊することができたのだが、それでも女中さんが心配して、夜遅くまで私の部屋で話し込んでいった(笑)。途中に遊んだ阿蘇の草千里。馬達はみんな優しくて、私は彼等の温かい鼻息を忘れない。

 今日の1枚は、冬の夜汽車に揺られてのんびり聴くのにぴったりのレスポワールの最新盤。ロシアンシャンソンのグループとしては押しも押されぬ大御所だが、さすがにジャケの写真を見るとメンバーもそれなりの年齢になっている。ロシアの国民的歌手というと、リュベーやこのレスポワールなど、流行に左右されないグループが思い浮かぶが、彼等のようにロシア語の響きを大切にした美しい歌詞と歌い方、こういう歌がある限り、私はずっとロシアンポップスを聴き続けるのだろうなあと納得してしまうのである。

 残念ながら、温泉地は冬期休業のところが多く、先の国見も例に漏れない。ああ、それにしても温泉に行きたい。温泉への恋しさ募る寒い夜。今夜は熱いお茶でもすすりながら、時刻表でも眺めることにしよう。
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泣ける映画、求む ― the very best of Badfinger -- Badfinger
 ドラマや映画に目のない同僚がいる。彼は私より5歳ほど年下だが、職場のキャリアはちょうど同じほどであり、頼れるやつである。その彼が「**さあん(私のこと)、なんか、泣けるやつ、ないっすかね〜」としきりに言う。自慢ではないが、私は涙腺の緩い人間なので、よほど「乾いた」ストーリーじゃないと泣かないで済むことはないが、彼はいい物語を見て、しんみり、あるいは思いっきり涙を流したいのだという。

 このストレスだらけの世の中、心のバランスを保とうと思えば、私は別に哀しくなくとも、「泣く」という行為はぜひ必要なことだと思っている。命の洗濯とまでは言わないまでも、泣くとすっきりすることが結構ある。だからといって、件の彼がそういう意味合いで涙を欲しているのではないのだろうが、とりあえず手持ちのDVDからいくつか選んで手渡した。

 泣けるための刺客は「イングリッシュ・ペイシェント」、「Kー19」、そして「フィッシャー・キング」の3本。私なりに毛色の違うのを選んだつもりだったが、彼はやはり泣くことができなかった。やはり、「フロム・ヘル」の最終シーン、主演のジョニー・デップの永遠に閉じた瞼の上にコインが載せられる場面にすら耐えられない私であるので、彼のための作品を選ぶには役不足であったか。フィッシャーなんかはいい線いくと思ったのに、残念!

 昨日の続きでいうと、Without youのメロディはなかなか泣かせる系だと思う。ロシアンの歌詞の中にも同意の表現がそれこそ山のように出てくるが、それこそビス・チビャーの安売りになっていて言葉の重みが感じられない(笑)。それはともかく、これがWithout...のオリジナルですよ、ということで聴いてみたBadfinger のベスト盤。私が最初に聴いたNilssonと比べると、アレンジはかなり異なるので、いずれが良いかは好みの範疇だろうが、愛する人に去られた後の心持ちとして、説得力を持つのはオリジナルの方かなと感じる。あくまでも主観的なものでしかないが。

 このアルバムはベスト盤になっていて、価格も手ごろ。私はこういうジャンルに不案内なのでこれといった紹介はできないが、収められた19曲のどの曲もどこか優しさを感じさせる。「泣ける映画」で頬をぬらしたあとは、この1枚でとてもいい笑顔ができそうだ。今度は例の彼にも今日のアルバムと抱き合わせで、次なる「刺客」を送ることにしよう。最近へこみがちの貴女にぜひお勧めしたい1枚である。
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「あの曲」を捜索する ― 冬の稲妻〜アリスVI -- アリス
 前にも少し触れたが、今また改めて聴いてみたい曲や演奏を「捜索」するのに夢中になっている。テレビの音楽番組で見聞きしたようなものは、アーティストの姿形を朧げでも覚えていたりするので、思い出すきっかけを見つけやすいが、私はラジオ小僧だったので、当時聞いた曲のほとんどはラジオで覚えたものである。つまり、アナウンサーの解説や案内部分を聞き流していると、一体それが誰の曲かもわからず、そんなこんなでいくつかの「案件」は難航を極めている(笑)。

 去年だったか、偶然買ったコンピレーションアルバムに収められていたWithout youは、前から気になっていた毎日放送のヤングタウン金曜日のエンディングテーマであり、「そうそう、この曲♪」と思わずにっこりした。けれどもよおく聴いてみると、歌い手が違う。私のCDでは男性歌手が歌っているが、たしかラジオのそれは女性だった(ような気がする)。

 大したことではないのに、気になりはじめるとどうしようも無くなるのが私の悪いところで、まずエンディングテーマを思い出そうと、通称ヤンタン金曜の番組の記憶のかけらを必死に拾い始めた。

 メインは谷村新司、毎日放送のアナウンサーは佐藤よし子、それからばんばひろふみもパーソナリティとして参加していた(はず)。他の曜日のヤンタンは夜1時までだが、金曜だけは早終いで、その後のセイ!ヤングetc.を聞こうとすると、それが始まるまでの空白の1時間のあいだに大抵眠り込み、朝起きるとラジオが付けっぱなし、というのが常だった(笑)。話がそれたが、たしか番組の最後のほうに「通学沿線気になるあの子」というコーナーがあって、その流れでエンディングにという感じだった(と思う)。

 当時、やたら似たような番組を端から聞いていたので、これというはっきりとした記憶に乏しいのが辛いが、どんなにフェージングの嵐で音が歪んでいたとしても、あるいは北京放送やモスクワ放送の強大電波に妨害されようとも、男声と女声を間違えることはないだろう(いや、怪しい!?)。それにエンディングのWithout...は深夜のエンディングに相応しい、静かなアレンジのものだったような気もする(違うか?)。

 前に、Without youのオリジナルを教えていただき、それを聴いたのだが、それも違う演奏だった。この曲自体がとてもいいので、複数のカバーがあってもおかしくない。こうなると根気良く一つ一つ当たっていくのが早いだろうが、ものすごく好きな曲なので、それも面白いかも知れない。

 同様の探し物は多数あって、今日の1日でいくつか堀り当てたものもあった。こんな時、ネットは便利だとつくづく思う。戦果の共通点は一つ、ジャケットの絵柄を覚えていたこと。イメージは言葉よりも記憶に残りやすいというか、頭の隅から取り出しやすいようである。

 「戦利品」は追って少しずつ紹介していきたいが、今日はあまりに懐かしいヤンタンリスナー時代に流行っていた曲を選んだ。「冬の稲妻」はご存じの方も多いだろうが、この曲は、私がフォークギターを抱えて初めて練習した曲で、歌詞もいまだにそらで歌えるほどだ。単純な循環コードの曲なので、3つほどコードを覚えれば弾けるという手軽さもあったが、歌の文句も今思えばシンプルで、言いたいことは一つといった単純明快さも良かったのかも知れない。とにかく、睡眠時間を削ってでも深夜放送を聞いてはあれこれとテープに録音していた。今思えば、本当にいい時代だった。できることならあの日に帰りたい。
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遠い記憶 ― Stardust...The Great American Songbook Volume lll -- Rod Stewart
 恋は何色と聞かれたら
 私の口からついて出るのは、多分、淡い灰色
 紅色や艶のある黄色によく映えるような。

 もういつのことになるのか、
 ある人の真意を確かめたくて
 その街にいるのかどうかもわからないというのに
 最後の言葉のその時から何年も経っていたというのに

 私は慣れない飛行機と、
 言葉の通じないタクシーに乗って、
 その街に通じる大きな駅にやって来た。

 思わず見上げるような天井
 大きな荷物を持って行き来する人々の中で
 私も負けずに自分の列車に乗り込んだ。
 あとは、レールが勝手に私を彼の地に運んでくれる。

 美しい車両には大きな窓がついていて
 私はただぼんやりと外を眺めてた。
 新緑の美しい季節というのに、あいにくの曇天で
 広くて美しい灰色は私の記憶から消えることはない。

 やっとのことで辿り着いた街も
 随分と灰色の似合うところで
 埃と車の行き交う音に
 私が思っているよりもずっと
 その街は大きいのだとわかった。

 当然、再会は果たせないわけで
 それが最初からわかりながら
 こんなところまでやってきた自分に
 失笑はしなかったが
 誰かが代わりにそんな自分を笑ってくれたなら
 どれほど気が楽になったろう。

 本当に気持ちのやり場がないときは
 人間、決して泣いたりしないものだから
 乾いた目に映ったその街は
 まるで乾板に焼きつけられたように
 ぱりぱりと音をたててひび割れしそうだった。
 
 そんな壊れ物が頭の中にしまい込まれたものだから
 何かの拍子に音を立てて 
 遠い記憶を呼び覚ましてしまうこともあるけれど
 時が経ったことを
 思い起こさせてもくれるのだけれども。

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 この人は誰?と聞かれて答えられなかったのが、今日の1枚、ロッド・スチュワートのスタンダードナンバー集。曲目はChetも得意だったEmbraceable Youだとすぐにわかったが、私には声の主は想像もつかなくて、出題者は少々がっかりされたかも知れない。

 ロッド・スチュワートというと、私がまだ小学生とかの頃、明星や平凡といった雑誌の付録にポスターが付いていて、それはかなりセクシー系の絵柄だったから眼に焼き付いているものの、肝心の歌というのは思い出せなかった。それにしても、あの「ポーズ」からは想像つかない'S Wondefulの心地よさよ。或は続く8曲目のIsn't in Romantic。シリーズ3作目にしてブレイクということだそうだが、これを聴けばうなづけるというものだ。

 時は過ぎてゆく。その力はどんなに刺々しい記憶もやがて飴色の懐かしい想い出に変えてゆく。ロッドファンの方は、今日のこの作品の歌声を聴いて、一体何を思い起こすのだろう。私よりは少し年代の高い方にぜひお勧めしたい今日のBGM。私としてはあのポスターを思い出して、少し口元を緩めつつじっくり楽しみたい1枚である。
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