わたしはロシアンフリークを自称してはいるものの、ロシア文化の裾野は広く、また奥行きもあるので
そう簡単に全体を見渡せるとは思っていない。
寧ろ、何かの機会に「こんなのもあるよ〜」と教えてもらったりすると、喜んで調べたり、探したりしてしまう。
表題のアレクサンドル・グラズノフという作曲家もその一人で、
昨日の土曜、立ち寄ったお店のイベントにてご紹介いただいた"Elegy"という曲が、
抑制が利きながらもあまりにロシア的だったので思わず「何という曲ですか」と尋ねたのだった。
見せていただいたレコードのジャケットには、確か"Glasnow"と書かれていたので、
最初、単純に英語のアルファベットから翻字して検索してみたのだが、
よく考えれば"В(ヴェー)"の音が"W"で表記されているのだから、
それはおそらくドイツ語表記なんだろうと思わなければいけなかった(笑)。
道理でいくら探しても出て来ない、というので、もう一度気を取り直し、
"S"の音が濁るのを思い出しながら、とうとうグラズノフの解説に行き当たったのだった。
< 学生時代のゼミ教官が独文の研究者だったので、
例えばヤロスラフ・サイフェルトを「ザイフェルト」と発音されていた
グラズノフの解説は
こちらをご覧いただくとして、
実際の音源を探すのは、慣れたジャズやポピュラーではなかったせいもあって、なかなか大変だった。
キリル文字ならともかく、英米表記だと常に頭の中で音を出してみないとそれにつながりにくい。
結局、ロシア作曲家コーナーの箱から1枚抜き取ったのが下のワルツ集だ。
前のオーナーのところではあまり可愛がられていなかったのか、埃が酷かったものの、洗ってみれば新品同様。
聴けば聴いたで、500円でおつりがきたのが申し訳ないぐらい、
艶やかで軽やかな音の立ち上がりに思わず手を叩いてしまう。
クラシックは音楽を習っていた頃、半ば押し付けられるようにして聞いたせいか、
自分の棚を眺めてみても、そのソフトの数は全体の1割にもいかない感じだ。
そういえば、話は脱線するが、ペテルブルクの墓地でチャイコフスキーの墓に参ったとき、
同様の日本人が多いのか、管理人の方から
「貴女のお国でグリンカの人気が無さそうなのが残念だ」と話しかけられたことを思い出した。
墓に供えられた花束の数をバロメーターにしての発言だったと思うが、
そういえば同じプーシキンでも『エフゲーニ・オネーギン』は何度聴いたかわからないほどなのに、
当時『ルスランとリュドミラ』は観たこともなければ手元にソフトの1枚も持っていなかった。
その音楽を手に取って聴いてみるのは、とどのつまりきっかけの有る無しによるところが大きいと思う。
CD店やレコード店に出かけても、それこそ膨大な数のタイトルが並んでいるし、
その中から1、2枚選ぶというのは案外面倒で厄介なことだ。
先日の土曜もいつものお店で閉店時間を過ぎているというのについ長居させていただいたが、
先のグラズノフではないが、道しるべを貰えるチャンスはとてもありがたい。
縦横無尽に音楽をむさぼっていくほど性根が据わっていないわたしなので、
そんなとっかかりを上手く得ていけたらと思う。
新しい出会いを楽しみにして―。