高校生時代、将来の職業をつらつらと考えていて思い浮かべたのは、
建築の仕事か、もしくは船舶関係の仕事だった。
もしわたしに絵心があれば迷わず前者を選んだろうし、
体力があってしかも冷静沈着さに自信があれば後者を選んだろう。
幸か不幸か、そのいずれにも恵まれず、
今はつつがなく事務をとる仕事についている。
それでも「夢の欠片」を追いかけてしまう故か、
噛み砕いた記述の建築本が出ているとついつい気になって手に取ってしまう。
磯崎新という建築家の名前は、
とりたててその作品(建物)を目にする機会がなくても、
彼自身が書いた本や作品を取り上げた本がたくさんでているので、
わたしにとってはとても身近に感じられる建築家であったりする。
そうは言っても、磯崎新という人の人柄や作品、その背景や設計思想を
平たく説明したものというとなかなかなくて、
専門書をぐいぐいと読み進める気力もないことだしと
長らく忘れていた宿題のようなものだった。
氏と現在の都庁舎の設計者である丹下健三氏は師弟関係。
様々な背景もあって、かつて「出来レース」などと揶揄された現在の都庁舎のコンペだが、
話はそんな簡単なものではなくて、
言葉では言い尽くせない物語がいっぱいに詰まった劇場のよう。
その舞台に立たせたいと著者が思う人物は随分大勢いるようで、
またそのコンペの背景を理解するには、
結局、当時の建築事情やこれまでの歴史、
スタンダードを知らなければ面白くないからなのか、
本書の記述は様々な材料が溢れんばかりに盛り込まれている。
個人的には磯崎氏にもっと焦点をあて、
時系列的にも整理してもらいたかった感があるが、
ノンフィクションながらある種戯曲的にも読める作品だから、
多少おなか一杯になりつつその手のややこしさはまあ呑み込める範囲だ。
それにしても興味の尽きないのは惜しくも落選した氏の新都庁舎案。
本書にはその絵柄も載せられているが、
西新宿を見渡せる高層ビルの窓から、
その建物が建ったとしたらとあれこれ想像を巡らすだけでもわくわくする。
ところで現在の建物、ことそのデザインに関して言えば、
わたしの周辺ではすこぶる評判が悪い。
まあ役人に対する風当たりも強いことだし、
どれだけあの建物が客観的に評価されているのかは知らない。
しかし、晴天の日、陽の落ちかけた夕刻に庁舎の正門から眺める風景は、
見る者の背筋を正すような気配があって、
その凛とした佇まいに思わずため息したことがある。
そんなところまで設計の中に織り込まれていたのかどうか、
それを確かめる術は本書には書かれていないのだけど、
そんな設計思想のひとかけらほどを感じただけでも、
やはり選ばれた作品には何かしら他にはない物があるのだろう、
浅学なわたしはそんな風に思う。
話が逸れてしまったが、磯崎氏の活躍の場がどちらかというと海外ということで、
実際に形になっている建物を見るには少々遠出をしなくてはならないが、
本書を読み終えてみると、やっぱり実物を見たくなるのは仕方のないことか。
その建物に入ってみてどんな風な感じがするのか、
外観だけでなく、実際にその建物自体を体感してみたいと思う。
その意味では、難しい建築論はさておき、
磯崎新という建築家をざっくり捉えるには、
本書はちょうど良い物語なのかもしれない。
平松剛著、「磯崎新の『都庁』 - 戦後最大のコンペ」、
熱帯夜の続く眠れない夜、枕元において毎晩一章ずつ読み進めたい本だ。