音の快楽的日常

音、音楽と徒然の日々
When I'm with You
どこまでが許されて、どこからが許されないのか。

どんなことにでも言えることなのだろうが、
そんなことをつらつら考えたくなるような出来事が随分積み重なった。

人事がらみの用件で直属の上司から呼び出しを受けた。
一体何かと思いきや、
いつまでも昇任試験を受けずにいる私への苦言であった。

しかしながら、
読む人の不快を考えなくても、ここにはとても書けないような発言を含めれば、
どこから誰が見てもそれは世の中でセクハラと呼ばれている類いのものに違いなかった。

物事なるべく前向きに考えよう、と思いながらも、
そんな話が延々30分も続く中、早々に思考は停止してしまい、
頭の中には昨晩聴いた音楽が静かに流れていた。
重たい話とは全く関連性のない、たわいのないラブソング。




この春、来日も予定されているSparksの"Terminal Jive"というアルバム。
最近、紙ジャケット&SHM−CD、ボーナストラック付きで出たのを買ったばかり。
これまで中古レコードの500円箱から引き抜いたレコードで聴いていたが、
iPodでも聴きたいと思っていたので買い直したものだ。

このアルバムの1曲目、"When I'm with You"。
CDに付いている対訳は英語の不得意な私が言うのもどうかと思うが、今ひとつ。
巧拙以前に、この曲が持ってる爽やかでのんびりした田園の風景のような、
そんな雰囲気が伝わってくるといいのだけれど。

この曲を聴いていると、10代、20代初めの頃の心持ちを思い出して、
自然とハッピーな気分になれる。
その頃の環境にも恵まれていたけれど、
何よりわたしの心の中に何らよこしまなものが無くて、澄み切っていたからなんだろう。
今思えば当時の悩みなんて贅沢なものばかり。
悩んでいたこと自体が今となってはきらきら輝く思い出だ。

同じアルバムの5曲目、レコードならB面の1曲目の"Young Girls"が、
そんな気分をさらにもり立ててくれる。
わたし自身はこの歌詞にでてくるような可愛らしい娘ではなかったけれど、
ある種のまぶしさのようなものが、
まるでアルバムでも眺めるようにして蘇るのは一体何なのだろう。

日頃何の気無しに聞き流している歌の文句に救われることが多い今日この頃。
春まであと少し、空の色具合が日々変わっていくのを楽しみにして、
あと少しだけがんばってみよう、そんなことを思った雪の日の午後。
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遠いようで近いのか、アラブ音楽
久々のレコードコンサートに出かけたのは先週の土曜。
ここのところ雑用に追われ、この日もカットハウスに日用品の買い物にと予定を詰め込んで、
その割にはレコード店に立ち寄って傷だらけのバーズのレコードを拾った後、
ようやく「国境の南」にたどり着いた。

当夜のテーマは『シンガー・ソングライター』。
この言葉を聞いて思い浮かべる名前、というと、
国内ではさだまさし、とか、伊勢正三etc...のわたしにとって、
シンガー・ソングライターの作品を聞きながらの世界一周は、
< この例会はワールドミュージックファンを魅了するPlay Listになっている
刺激的かつ不思議に満ちていた。

北中さんの語りで始まった今回、
ボブ・ディランの『ミスター・タンブリンマン』が最初に流れたけれど、
手元のバーズは偶然にやってきたものだ。

Play Listはエントリーの最後にまとめるとして、
アメリカからラテン・アメリカ、そしてヨーロッパ、アラブ世界と巡り巡ってみて、
最も強烈な印象を残したのは、なんと言っても最後のアラブだった。

「プロテストソングを歌うのは命がけ」
という表現が南米作品の紹介でもアラブの時にも聞かれたけれど、
最後から2曲目に流れた、ルネース・マトゥーブの『足音』という歌は、
歌詞もよく分からないのに胸の奥底まで響き渡る。

声が特別素晴らしいというわけでもないし、
一度聴いたら忘れられない、というメロディでもないが、
全く知らない世界の音楽がまるで懐かしささえ覚えるよう。
たぶん錯覚なのだろうけれど、
同じような感覚は、例えばウードの演奏にも感じることだ。

ルネースはアルジェリアの歌手だそうだ。
残念ながら既に道半ばにして命を落としている。
そんな彼のアルバムが日本盤ででたばかりということで、
会から戻る途中にCDショップを探してみたが、どうやら在庫が無かった様子。

近いうちに入手して他の曲もゆっくり聴いてみたいと思う。
ルネース・マトゥーブ「私の名前に」。




この会ならではの聞き所、というと少し違うかもしれないが、
何とも豪華だなあと思ったのは、
ヨーロッパの項で紹介されたジョルジュ・ブラッサンスの歌の歌詞が、
主催者のお一人、蒲田耕二さんの翻訳で当日手元に配られたこと。

「歌詞がわからないとこの歌の良さは・・・」
とのお話通り、13番まである『セートの浜に埋葬されるための祈り』という曲は、
フランス語を理解しないわたしも、その美しい押韻と素朴な歌い回し、
そして歌のもつメッセージをしみじみ愉しんだ。

歌も素晴らしかったけれど、
帰りの車中で黙読したこの和訳の詩そのものが更に沁みた。
歌の心ここにあり、とはまさにこのことだ、きっと。

***

― Play List ―

(前半)
<アメリカのシンガー・ソングライター>
1 ボブ・ディラン 「ミスター・タンブリンマン」
2 ホーギー・カーマイケル 「ロッキン・チェア」
3 ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ 「コンクリート・ジャングル」
4 カルロス・ガルデル 「わが悲しみの夜」

<シンガー・ソングライターの宝庫ラテン・アメリカ>
5 トリオ・マタモロス 
6 ノエール・ローザ 「何を着ていくの?」
7 ドリヴァール・カイーミ 「ジャンガーダだけが戻ってきた」
8 アタウアルパ・ユパンキ 「インディオの道」
9 ビオレッタ・パラ 「人生よありがとう」

(後半)
<ヨーロッパのシンガー・ソングライター>
1 ジョルジュ・ブラッサンス 「セートの浜に埋葬されるための祈り」
2 バルバラ 「ナントの街に雨が降る」
3 パオロ・コンテ 「歳月」
4 ドメニコ・モドゥーニョ 「古い燕尾服」
5 マルコス・ヴァムヴァカーリス 「俺も昔は」

<シンガー・ソングライターはアラブ世界にポピュラー音楽をもたらした?>
6 サイード・ダルウィッシュ ※「神話時代のアラブ歌謡」より2曲
7 エル・アンカ 「俺が死ぬ時の理由」※「アラブ・アンダルース音楽歴史物語」7曲目より
8 ルネース・マトゥーブ 「足音」
9 スアド・マシ "Ghir Enta"
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整理の効用
本でもCDでも、自分が何を持っているのか隅から隅まで頭に入っている方は
意外に少ないのではないかと思う。

自分のことを例にして他人のことを云々できはしないけど、
今回、ケースの入れ替えをしながら全部のCDをヒックリ返して眺めて良かったのは、
物量的な整理がついて探しやすくなったことはもちろんのこと、

「こんな盤を持ってたのか」

と、ライブラリの再認識ができたことだった。
手元に残ったタイトルの傾向はある程度自覚していたが、
クラシックやジャズなど、その時々の雑誌の紹介などで買ったものなどは、
聴いたのもそれっきりになりがちなので、
持っていること自体忘れてたのが結構あった。



棚に並べたCDはすべて背表紙が見えるように通常のケースに戻したので、
何を聴こうかと特に決めずに棚を眺めていても、
あれこれと、手に取る頻度の低い場所にも手が伸びやすくなった。
それ以前に、片付ける最中、「これ何だっけ」と聴きながら作業をしたので、
ケースの入れ替えと並べ替えですっかり二週間以上を費やしてしまった(笑)。

たまには棚卸しをした方がいいのかな。
自分の持ち物を掘り起こしてこれだけ新鮮さが蘇るとは思わぬ効用だった。

ここ最近、嫌なことを押し付けられたり、強制されたりしてうんざりしていたので、
手元の盤を混ぜっ返しながら懐かしさに浸る心地よさに救われた週末。
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☆レコードコンサートのお知らせ at 渋谷・国境の南
恒例の渋谷は『国境の南』でのレコード・コンサート、
今回は、昨年末の忘年会を兼ねた会以来、今年初回になります。
主催者の方からの告知がありましたので、転載してご案内いたします。

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お待たせしました! って、誰も待ってませんか? そ、そ、それは悲しい・・・・・。

渋谷・国境の南(電話03-3463-5381) の次回のレコード・コンサート
が決まりました。しかもすぐ先、来週の土曜日です。

 「世界の音楽を聞く」2月21日(土) 15:30 open 16:00 start
 会費1000円(ワンドリンクつき)
 司会 蒲田耕二+田中勝則+北中正和

 今回のお題は世界のシンガー・ソングライターです。

シンガー・ソングライターという言葉がひんぱんに使われはじめたのは
60年代末から70年代にかけてのアメリカ。
しかし自分で歌を作って自分でうたったり演奏したりする人は、
ポピュラー音楽ではその前から世界各地にいたし、いまも活躍している。
そんなシンガー・ソングライターのなりたちや役割や魅力を、
世界各地の主要アーティストの音楽を聞きながら探ってみよう。

 というわけです。
 お誘いあわせのうえ、ぜひどうぞ。

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CDのケース
指先の皮が薄くなったかと思うほど(そんなわけないか?)、
CDのケースの入れ替えをしている。
以前はFDRのビニールケースを使ったりしていたが、
開け閉めがちょっと面倒というか、
指先に引っかかってしまうので、
このケースに入れたCDはますます聞かなくなってしまっていた。

でもCDが増えるにつれて壁に沿って棚を増やす、
という収納の仕方はすぐに限界がみえてしまう。
近頃は不況で暗いニュースが流れてばかりいるので、
職を失って田舎に帰る、あるいはとりあえず小さな部屋に引っ越して出直す、としても、
今の荷物の量では、いずれにせよ支障を来してしまう。

コンパクトで、しかも出しやすく見やすい、つまり探しやすいケースはないものか、
などと時折考えていたら、
身近な人からとても便利なケースを教えてもらった。
CDアナログスタイル、という商品名の、シンプルなビニールケースだ。

これに入れ替えた場合、ふたも無く、自立もしない状態になるので、
CDをまとめて何かの箱に入れなければならなくなるが、
ジャンル別に引き出し式の箱に入れた方が探しやすいということに気がついたので、
とりあえず、巷で処分することのないロシア盤を新しいケースに換装することにした。

ちなみに箱はというと、無印良品で売っているパルプのしっかりした引き出し式のもの。
以前、ホームエレクター用にエレクター自身が作って売っていた、
同様の黒いパルプの箱があったが、
これらは既に廃番となっていて、手に入らない。
以前、インテリア雑誌かなにかで見たのだが、
大量にCDをお持ちの方がそれらを使ってお洒落に収納していたのを思い出した。
今回の方法はほとんどそれの真似をしている。

思うに、こんなに大量の盤を持っていても、万遍なく聴くことはおそらくない。
ただ、たまに聴いて、こんなのがあった、とか、今聴くとなかなか来るな、
みたいな新鮮味を感じることもままあって、
思い切ったものの処分はやっぱりできないでいる。

とにかく収納ありきで仕舞っていた結果、
聴かない盤をたくさんつくってしまっていたので、
今回はそれを反省して工夫してみたもの。

本来は盤を浮かせる形で仕舞う、つまりプラケースのままが良いらしい。
プラケースをゴミの集積所に持っていくとき、少々心痛みつつ、
或は絆創膏だらけの指先を奇異に思うのか、
同僚にじっと手を見られるときの恥ずかしさがなければ、
もっと気楽に作業できるのだが。
背に腹は代えられない、という言葉が身にしみる今日この頃。
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紫式部とEsashi



『紫式部 源氏物語』サウンドトラック盤は、
つい先日リマスターで再発された、細野晴臣ソロ作品他4枚のうちの1枚。

細野さんの大抵のアルバムは、極端にアンビエントなもの以外はリリース時に聴いているが、
なぜかこの『紫式部』は買いそびていて、気がついた頃にはCDも手に入れ難くなっていた。

ということで旧盤との比較はできないけれど、
今回の盤を聴いていると、曲調とは関係ないところで、音量をどんどん上げたくなってしまう。

アコースティックな楽器の響きとはまた違ったところの、デジタル楽器での演奏は、
銭湯の響きに例えるのは乱暴だが、
どこか懐かしさも感じられるような穏やかな響きに満ちて、
当の映画作品を観ていないわたしの頭にも様々なシーンが浮かんでは消える。
ゆらゆらと揺れる響き。
音楽から解き放たれたある種の気配に遠い時代の恋物語を想像するのが何とも愉しい。





細野作品の中でも最もリマスターが待たれたアルバムの1枚が、
なんと言ってもこれだったのではと思える"Omni Sight Seeing"。

アルバム冒頭の"Esashi"の歌声に呼び覚まされるもの。
名曲"Caravan"、さり気なさの中にも、
万華鏡のようにちりばめられた様々な音楽の要素。

この作品を初めて耳にした時は、ワールドミュージックに触れる機会もまだ少なくて、
当時この音楽に感じた新鮮さと驚きは今でも思い出せるほど。
ただ残念なのは、CDの音が今ひとつ眠いというか、なんと言うか・・・。

それが今回、音楽家自らの監修でリマスターされたこともあるのか、
妙な強調感もなく、音の自然さはそのままにとても聴きやすい仕上がり。
さらに再発盤ブックレットには、
鈴木惣一郎さんによる取材をもとに北中正和さんの構成で新たに解説が加えられている。
そのおかげで、わたしの「摩訶不思議」体験の背景にどんなことがあったのか、
あるいは細野さんのどんな思いがあったのか、
その一端を、20年という時を経て知ることができた。


Amazon.co.jpの商品ページでそれぞれ、曲のさわり部分を試聴できるので、
ご興味のある方はぜひチェックしてみてください。

♪ 『紫式部 源氏物語』

♪ "Omni Sight Seeing"
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後味の良い本、悪い本
少しの間、本屋から遠ざかっていたら、
その間にあれこれ出ていた話題の本。

最近は不勉強もいいところで、主だった書評を拾うこともしなくなり、
話題の本といっても、余程派手に取り上げられたりしなければ、
世事に疎い人間には気がつく機会もない。

それで、勢いもあってメモしてあったタイトルは一通り買ってみた。
本を買うというのはもうそれだけで楽しく、買うことで満足してしまったりするけれど、
読めば読んだで、内容の善し悪しとは別のところで各々の読後感にことば無くすことも多々あり。




『チャイルド44』は英国の気鋭若手作家が送り出した去年の超話題作。
物語の舞台が旧ソ連ということもあって、読まずに捨て置けない作品だったが、
実際の連続殺人事件をモチーフに編まれた本作は、
わたしが読んだのは和訳ながら、表現の生々しさ、露骨さに時折顔を背ける場面も少なくなく、
筋立ての面白さ、展開の意外性など抜群に読ませる内容ながらも、
読み終わった後の気分の重たさの点でも格別だった。

世界各国で翻訳されていながら、ロシアでは発禁とのことで、
確かに当時の政治的背景や世相を描いたあたりなどは、
作品の筋とは別のところでタブー視されることがあるのかもしれない。
しかしながらロシアの人がこれを読んでどんな風に受け止めるのか、
興味がないといったら嘘になってしまう。




内田樹氏の最新エッセイ集、『昭和のエートス』。
著者の本はもう何冊か目を通してきているので、
自分にとっての面白さがどの辺りにあるのか分かりきった上で読んでいるから、
読み方そのものもあまり素直ではない。

選ばれたテーマは表題の「昭和」を探る数題から、
秋葉原の大量殺人事件やモンスターペアレントまで様々ながらも、
各テーマは数枚単位で簡潔にまとめられていて、
しかも目のつけどころを最初の数行で与えるような構成がいい。
わたしなど、頭の中で電球が灯るような感覚でもって、
久しく忘れつつあった学ぶ快楽を取り戻したような気がする。

懐かしい文体や、最近余り目にすることのない表現に触れる愉しみも、
本書は大いに与えてくれるけれども、
読み手の勉強不足をそっと耳元で告げてくれるような読後感たるや、
最近のやる気無し状態のわたしにはもってこいの一冊。

様々な世代から構成される職場の人間関係を考える上でも、
いろいろなヒントがちりばめられていて、
上からも下からもサンドイッチ状態のサラリーマン同志に一読を勧めたい本だ。
よもやま | - | - | author : miss key