クリスマスイブの日に有馬記念が重なったのはいつ以来だろう。
今年は体調も今ひとつでろくに競馬場に出かけることができなかったが、
今日という日は行かねばなるまい、
そんな思いもあってか随分早く目が覚めて真っ暗な時間に部屋を出た。
時間を追う毎にどんとんと増える人の波。
どこから一体こんなに集まってくるのかと思えるほどに。
本当にこれが最後の競走なのかと思うとそれだけでもこみ上げてくるものがある。
特別な競走馬が持つ、人の心を熱くする何か。
思い返してみれば、
大きなレースを年に6つも、それを王道をまっしぐらに、というのは、
なかなかに難しい、長いこと競馬を見ていても思い出せる馬は数えるほど。
勝ち戻る際のあの愛らしい瞳の表情を見るのも、本当に最後の日になる。
膝を高く上げてひょいと足を延ばす独特の歩様も。
馬群がコーナーを曲がる度、地響きのような低い音が場内いっぱいに広がる。
馬券を買った人もそうでない人も、大勢の人が固唾を飲んで見守る空気。
外の冷たさも忘れるほどにじわじわとやってくる見えない波に、
もうこれ以上前に行けない場所にじっと立っているわたしをさらに前へと押しやる。
残り600mの時点で、抑えきれない興奮が渦を巻く。
そして彼は、自らの影を踏ませることなく、
何ら乱れることのないフォームで、先頭を鮮やかに駆け抜けた。
どうして誰も競りかけていかないのか、というのは結果論で、
誰もいけない、そういうレースをするのが彼なのだ。
大勢の悲喜こもごもあれど、逃げも隠れもしない、一番強い馬が強い競馬をした。
ほんとうに忘れ得ぬ瞬間になった。
どこもかしこも満員の中、部屋に帰ってきたら身体中が痛んだ。
あれだけの長い間、押し競饅頭だったのだからまあ当然か。
シャワーを使う前にちょっとだけ、気持ちを緩めようと聴いたのが、
レコードで再発されたミリー・ヴァーノンの「イントロデューシング」。
気分だけは、おしゃれなバーの片隅で素晴らしいレースの数々を思い浮かべるような。
濃厚で、ほっこりとあったかな歌声がクールダウンにちょうどいい。
馬のオーナーが歌った祭りも素晴らしかったが、
この年には興奮が続き過ぎて胸が苦しいから。
それにしても、しみじみとしたクリスマスイヴ。
ケーキもチキンも用意していないけれど。
期待に応えるという、できそうでなかなかできないことをあの大舞台でやってのけた、
馬と騎手に心から感謝を。数え切れないほどの感動を、ほんとうにありがとう。