音の快楽的日常

音、音楽と徒然の日々
山口孝 in TIAS 2019

ともするとaudioというか装置のありがたみを省みることの少ない日々。

あまりに日々の生活に密着していて、一つひとつの装置が特別でなくなっている。

先日、古い書類を整理していたら無効になった保証書がいくつか出てきた。

思えば毎日触れているレコードプレーヤーですら、うちにやってきてもう10年以上。

時の過ぎるのは早い、とは違う、新鮮な驚きがあった。

 

年1回のTIAS、今年は11月開催(思えばずっと以前はそうだった気がする)。

偶然用事が重なり、最終日の今日、ようやく有楽町の会場に出かけた。

正直、新しい製品等にはあまり興味も持てず、

メーカーや作り手のエピソードを交えて音楽を紹介してくださる傳信幸さんの講演目当てだ。

仕事に行き詰まる辛さも忘れるデモンストレーションの数々、

会場に入りきれない人が出てしまうのも仕方がないとは毎回痛感されること。

 

さて、忘れないうちに、もう一つの「心の洗濯」の場、

山口孝さんの講演ならぬ公演についてメモしておこう。

 

 静寂は宇宙のもの、沈黙はこころのもの

 

いつかの公演でも語られていたキーワードが、今日もまたより深まって取り上げられた。

ひょっとしたら主催のLINN JAPANのサイトで内容が後日紹介されるかもしれないが、

音楽としっかり向き合っていくこと、一貫してこのぶれないテーマが掘り下げられる度に、

今時でいうヘタレリスナーのわたしはおどおどとしてしまうのだ。

かくして、2時間弱の公演にてヘタレはがっつりと絞られ、

最後のひとしずくも出ないほどしっかりと洗濯された(苦笑)。

 

「静寂」というキーワードを拠点として繰り広げられた音楽論とLINNのシステムの解題。

他のLINNのユーザーの方はどのように受け止められただろう。

今回の公演は特に、山口さんご自身の振り返りが数多く詰まっていて、

それだけでも聴いていて胸がいっぱいになる。

例えば、いそノてルヲさんの名前を久しぶりに耳にしたのだけれど、

わたし自身がJAZZを好きになったきっかけがいそノさんのNHK-FMでの番組で、

毎週、子供ながらに手元の限られたカセットにどの曲を録音して残そうか思案して悩んでしまうほど、

珠玉の選曲と解説をされていたのが洪水のように思い出され、

そうやって大先輩のエピソードとラップしたというだけで胸熱だというのに。

 

さて、個人的なことはさておき、紹介されたアルバムを書き留めておこう。

 

人生を変えたアルバムその1として紹介されたBaden Powell "Live in Tokyo"。

山口さんはまさにこのジャケットの角度で当日、演奏を聞かれたそうだ。

10代で聞かれたコンサートでは最高のものとも。

会場ではこのアルバムから、イパネマの娘と哀しみのサンバが演奏された。

演奏の力強さがかえって美しいメロディを哀しくさせるようで切ない。

 

 

 

 

その2、Miles Davisの"Miles in Tokyo"。

 

 

Milesの演奏は、山口さんの公演ではもれなくとまではいかなくても相当の頻度で紹介されている。

数多くのマエストロの中でも、とびきりリスペクトされているミュージシャンなのだろう。

そのMilesのライブ音源で珍しくオール日本体制で制作されたというこのアルバム。

再生された"All Of You"、演奏の最後にいそノさんのMCが入っている。

わたしが覚えているラジオの声よりずっと若い。

このレコードはいずれわたしの手元にもやってくる気がする。

 

 

その3 マニタス・デ・プラタの有名な2枚組、

「マニタス・デ・プラタの芸術、フラメンコの素晴らしい世界」。

 

 

 

このレコード、演奏の値打ちや数の少なさとは裏腹に、

いかにも昭和なデザインの帯がついていて、

運がよければとんでもない廉価で中古店の投げ売り箱にあったりする。

(わたしもそういうのを偶然見つけて手にした。思わず笑みが漏れたのはいうまでもない)

 

このアルバムを紹介する人も少なくなった、とは山口さんの一言。

彼のギターを評して、本能のままに演奏する様に野生を見ると。

荒々しい、というのとは違う。

フラメンコの根っこにあるエキスのようなものが迸るような演奏。

しかも長尺の曲も多いから心して聞くべし。

当日はこの中から「ファンダンゴス」が流れた。

 

 

さて最後のその4は驚きの女性ヴォーカル、Sonia Rosa。

囁き系ボサノバではやっぱりジルベルトが有名だと思うけれど、

今回状態のよいレコードで聞かせていただいて思わずほっこりするほど素敵な歌声。

コケティッシュでもないし、一体何だろう。

 

そのRosaのアルバムが、会場では2枚紹介された。

どちらも国内盤で、「センシティヴ・サウンド・オブ・ソニア・ローザ」と、

もう1枚は当初プロモのみだった「スパイスド・ウイズ・ブラジル」。

特に後者は大好きな大野雄二さんが絡んでおられるとのことで、これはぜひ手に入れたい。

会場で流れたのは後者に収録された"Chove La Fora"という曲だ。

ちなみにLPは再発で出ており、CDも既発。プロモにこだわるか、どうか(笑)。

 

 

 

 

 

それにしても内容が濃過ぎる日曜だった。

音楽に向き合うには少々体力気力が不足しているようだ。

来年のTIASまでにはその両方を充実充填できるようがんばろう(反省)。

 

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空気の冷たさに心改まる

つい最近まで台風が来ていたのに、2週後にはこれほど冷えた風が吹くとは。

慌てて衣替えをし、秋冬から春にかけて咲く花の苗を植え付けた。

 

現実逃避ではないが、出歩くことなく部屋でじっとモニターを眺めていると、

それが映画でもテレビのドラマでも或いは音楽の映像でも、

夜昼季節関係なく、暗い箱の中にちんまりと収まってしまう。

そういうのが誰に言われたわけでもないが、あまり良いことに思えず、

外の空気を吸うために買い物に出かけ、

これから成長して花をつけようとする植物に触れ、

日差しのあるうちに土と水と鉢を用意する。

単純ながら、指先に触れる土や植物の柔らかさ、温かみ、

そして耳元で風が切る音でもって少しずつ体が目を覚ましていくようだった。

 

日が落ちて暗い部屋の中で、

例えば今日のようにすっきりとした秋晴れの夜に合うアルバムは。

邦題「黒猫の歩み」というタイトルからは、

少し想像しづらいウードとピアノ他のトリオによる演奏。

 

 

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アヌアル・ブラヒムはチュニジア出身のウード奏者。

この盤はジャケットが気に入って買ったもので、ジャンルも演奏者も何もわからずだったが、

多くの雑事に追われて一杯いっぱいの1日も、

彼らの音楽で全てを空っぽにすることができる。

録音からして楽曲の持つ透明感を目一杯生かすような工夫がしてあるようで、

部屋でこうして聞いていると、すぐ手の届く所で演奏しているような錯覚さえ起きる。

楽器や曲の調子が合わないとしても、

澄み切った響きに身を置いてみるだけでも、と思う。

根を感じる土台の確かさが、聞き流しを許してはくれないが。

 

緊張から解かれているならば、きっと心地よい眠りに誘われるだろう。

1曲、1曲が緩く繋がって流れる様が読み聞かせのようだ。

遠く懐かしさを想起させるのはウードの力なのかどうか。

2002年と少し古い録音ながら、秋の夜のお供にぜひ。おすすめの1枚だ。

 

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